ゲーデルの哲学

不完全性定理
数学の世界においても、「真理」と「証明」が完全には一致しないことを明確にした。それだけでなく、ゲーデルは一般の数学システムSに対して、真であるにもかかわらず、そのシステムでは証明できない命題Gを、Sの内部に構成する方法を示したのである。すべての数学的な真理を証明する数学システムは、永遠に存在しない。
◾「私は嘘つきである」は嘘つきのパラドックスを生じさせる。これは自己言及パラドックスであり、自己矛盾していた。ところが、スマリヤン教授の「君は私が嘘つきだと信じる」という発言は、自分ばかりではなく、相手も引き込んで、相互言及的なパラドックスを生じさせているのである。
◾神の存在のパズル
「あなたが神の存在を信じるときに限って、神は存在しない」
不完全性定理か導いたのは、自然数論の無矛盾性を自然数論内部で証明できないことである。
不完全性定理の真意は、有限主義的な公理系からは、全数学を「汲みつくせない」点にある。
ゲーデルの用語「人間精神」には、「少なくとも数学的考察については」という脚注が付けられている。彼が客観的数学と主観的数学の議論から導いた結論は、要約すると、人間は機械ではないか、あるいは、絶対的に決定不可能な問題が存在するか、という選言命題である。ゲーデルの脚注によると、この選言命題は、排他的用法ではない、どちらか一方が正しい場合もあれば、両方正しい場合もある。

「数学における不完全性定理の選言命題に対応して、哲学的結論も、選言命題になります。しかし、いずれの答を選択したとしても、唯物論的哲学に決定的に反するものであることは明らかです。
もし一方の選択肢を選べば、人間精神の機能は、脳の機能に還元できないことになります。なぜなら、脳は、そのすべての機能が、有限の部分としてのニューロンとそれらの連結に基づく有限の機械だと考えられるからです。このことは、生気論的な見解を導く可能性もあります。
これに対して、『絶対的』に決定不可能な数学的命題が存在するという他方の選択肢を選べば、数学は、人間の創造にすぎないという主張を反証するように思えます。なぜなら、もし人間が数学を創造したのであれば、創造者は必然的にその被造物のすべての性質を知っているはずで、数学は、人間が与えた以外の内容を持ちえないからです。
そこで、この選択肢は、数学的な対象と事実が、客観的に存在する、つまり、人間の精神活動や判断から独立して存在する、という結論を導きます。
つまり、数学的対象についてのプラトン主義あるいは『実在論』を何らかの形式で導いていると思われるのです。数学的事実を、一種の物理的あるいは心理的な事実とみなす経験論的な見解は、あまりにも不合理と言えます」

この結論が、ゲーデルの哲学の核心部分である。彼によれば、不完全性定理の導く選言命題のいずれを選んだとしても、唯物論は反証される。一方を選べば、人間精神は脳機能に還元できないし、他方を選べば、唯物的でない数学的対象が実在しなければならない。ゲーデルが、生命現象すべてを物理現象に還元できないとする「生気論」に触れている点も興味深い。
◾「私が信じている真理とは、それ自体の客観的実在の概念であり、人間が生み出すことも変化させることもできず、ただ知覚することや記述することのみができる概念なのです」
◾数学者シャルル·エルミート「もし私が間違っていなければ、数学的真理の全体から構成される世界が存在する。その世界は、私達の知性によってのみ知ることができる。私達が、物理的世界をそのようにして知ったように。どちらの世界も、私達とは独立に存在する神の創造物である」
◾ギブス講演において、ゲーデル不完全性定理から導いた哲学的帰結=反機械論·数学的実在論·その両方が正しくなければならないという選言命題。
反機械論:人間精神は、脳の機能に還元できない。
数学的実在論:数学的対象は、人間精神から独立して存在する。
選言命題:どちらか、またはその両方が正しい。
ゲーデルの哲学的見解
4 [人間と]異なり、より高度な理性的存在と、他の世界がある。
6 現在知られているよりも、比較にならない多くの知識が、ア·プリオリに存在する。
10 唯物論は偽である。
11 より高度な存在は、他者と、言語ではなく、アナロジーによって結びつく。
14 既成宗教の大部分は、悪である。しかし、宗教そのものは、悪ではない。
◾反人間機械論の仮説
思考は、アルゴリズムに還元できない。人間は、テューリング·マシンを上回る存在である。
ゲーデル·チャイティン不完全性定理
任意のシステムSにおいて、そのランダム性を証明不可能なランダム数GがSに存在する。
チャイティンアルゴリズム情報理論」。この理論の中心に位置する概念は「ランダム性」。ランダム性は「無作為」等と訳されるような、数学的な定義が困難な概念だったが、チャイティンは、それ自体よりも圧縮できない数列を「ランダム」と定義することで、この問題を解決した。
チャイティンの定理
真理性Ωは、ランダムである。
この定理は、ゲーデルの質問「自己プログラムを完全に理解するコンピュータの概念には、パラドックスが含まれるのではないか」に肯定的に答えているように思われる。システムは、自己の情報量を超えたランダム性を決定できない。つまり、システムにインプットした以上の情報を、システムはアウトプットできない。したがって、「自己プログラムを完全に理解するコンピュータの概念」自体が不可能と考えられるのである。
◾神の非存在論
哲学者パトリック·グリムは不完全性定理の哲学的帰結として、神の非存在論を導いている。
定義 すべての真理を知る無矛盾な存在を「神」と呼ぶ。
グリムの定義 「神」は存在しない。
すべての真理を知る神は無矛盾だが、不完全性定理により、その真理を決定できず、すべての真理を知る「神」は存在しないことになる。その神は「人間理性によって理解可能な神」であって、神学そのものを否定するわけではない。
神は、理性では認識不可能な存在であり、かりに、神が存在するとしても、ゲーデルが求めたように、理性では立証不可能である。