BREATH 呼吸の科学

◾「呼吸の仕方は食べるものと同じ数だけあるのです」「そして呼吸法ごとに体への影響の仕方は違うのです」脳を育む呼吸法、神経を殺すもの、健康にしてくれるもの、死期を早めるもの。
◾古代のある道教の経典「それゆえ、生を養う学者は姿を磨いて息を養う」
◾呼吸数、血流中の酸素と二酸化炭素のバランス。呼吸の仕方と一回の呼吸の質。
◾フリーダイバーたちと古文書を信じるならば、呼吸の仕方はあらゆるものに影響をおよぼす。
◾酸素は二酸化炭素の16倍のエネルギーを生み出す。
◾動物は生の卵からは50~60%の栄養しか摂れないが、加熱した卵からなら90%を超える。同じことが多くの調理した植物や野菜、肉にあてはまる。
◾口呼吸は病気の原因になるし、無作法だ、というわけでメキシコのプエブラで育った彼や幼なじみはみんな鼻で呼吸するようになったのだという。
◾鼻呼吸では運動強度が上がると呼吸数が減少(口だと上昇)。
◾体が空気と食物からエネルギーをつくる方法。有酸素の好気呼吸、無酸素の嫌気呼吸(バックアップシステム)のプロセス。
その細胞を有酸素で動かした場合、エネルギー効率は無酸素に比べて約16倍になる。
◾運動に最適な心拍数。180-自分の年齢。その結果が、体が有酸素状態を保てる最大心拍数となる。これを超えてはならない。
◾口呼吸
ほんの数ヵ月で顔は長くなり、顎はゆるんで、目はどんよりする。つづけていると、体が物理的に変化して軌道が変形。圧力が下がり、口の奥の軟部組織がゆるんで内側にたわみ、全体のスペースが狭くなって呼吸しづらくなる。口呼吸は口呼吸を生む。
◾鼻呼吸
喉の奥のたるんだ組織に空気を押しつけ、軌道を広げて呼吸を楽にする。しばらくすると、そうした組織と筋肉が「調整」されて、この広く開いた位置にとどまるようになる鼻呼吸は鼻呼吸を生む。
◾口呼吸では体の水分が40%多く失われる。
不眠症の多くは心理的な問題ではなく、呼吸の問題。
◾鼻サイクル。
約30分から4時間で左右の鼻孔が交換、「循環」する。
·右の鼻孔はアクセル。交換神経系が活性化。右の鼻孔で呼吸すると、反対側の脳、とくに前頭前皮質に多くの血液が送られる。ここは論理的な判断や言語、計算に関連づけられている部位だ。
·左の鼻孔は逆。右のアクセルに対するブレーキシステム。副交感神経系。体温や血圧を下げたり、体を冷やしたり、不安を軽減する休息·リラックス系統。血流を前頭前皮質の反対側に切り替える。それは創造的な思考、感情、抽象概念の形成、ネガティブな感情に関わる右側の領域だ。
·統合失調症の人の呼吸パターン、左鼻孔優位。脳右側の創造的な部分を過剰に刺激?右の論理的鼻孔での呼吸を教えると幻覚減る。
·われわれの体がもっとも効率的に働くのは、バランスのとれた状態にあるとき、行動とリラックス、空想と理路整然とした思考のあいだを行き来するときだ。このバランスは鼻サイクルに影響され、ことによると制御されることもある。これを利用してもいい。(➡️そのためのヨガ“ナディ·ショーダナ”=通り道·浄化(サンスクリット語)、交互鼻孔呼吸)
◽交互鼻孔呼吸(効果は30分程)
体を温めて食後の消化を助ける➡️左を下にして寝て、右鼻孔呼吸20回
食前·リラックス➡️左鼻孔呼吸
集中力·心身のバランス➡️右の鼻孔から吸い、左から吐くを数回。“スーリヤ·ベーダ·プラーナヤーマ”。
◽体と脳の要求に合わせて空気の流れを自然に調整させる。それは鼻で呼吸するだけでよかった。
◾口呼吸は歯周病や口臭の原因になるばかりか、虫歯の第一の原因で、砂糖の摂取や食生活の乱れ、衛生状態の悪さよりも害があるらしい。いびきや睡眠時無呼吸の要因にも。➡️夜はテープで口を閉じる。
◾鼻呼吸の利点のひとつに、副鼻腔から一酸化窒素が大量に放出されることがある。一酸化窒素は血行を促進し、酸素を細胞に送り込むうえで不可欠な役割を果たす分子だ。免疫機能、体重、血行、気分、性機能はいずれも体内の一酸化窒素の量に大きく影響される。
鼻呼吸をするだけで一酸化窒素を6倍にできる。
◾カトリン〈口を閉じろ(シャット·ユア·マウス)〉
◾寿命の最大指標は肺活量。遺伝でも食事でも毎日の運動量でもない。肺が小さく非効率なほど、被験者は病気になって亡くなるのが早い。大きいと寿命は長い。この研究者たちによれば、完全な呼吸をする能力こそ、「文字どおり生活量の指標」だった。
特大の肺を移植された患者は術後1年後の生存率が30%高い。
内蔵は柔軟性があり、ほぼいつでも変化させることができる。
肺を伸ばし、しなやかさを保つ練習を定期的に行えば、肺活量を維持し、増やすことができる。ウォーキングやサイクリングなどの適度な運動で肺のサイズを最大15%増大させられることが明らかになっている。
◾横隔膜
呼吸でもっとも重要なのは鼻から空気を吸うことだけではない。吸気は簡単な部分。完全な呼息の変形させる力。
横隔膜の能力(可動域)50~70%まで呼吸を大きくすれば(一般成人は10%程度しか使わない)、心臓血管へのストレスを軽減し、体をより効率的に働かせることが可能だ。
胸郭を開くために何度か深呼吸をしたあと、マーティンは息を吐くたびに1から10までを何度も数えるように言った。
ポイントは横隔膜を広がった可動域に慣らし、深く楽な呼吸が無意識にできるようにすることだった。
◾呼吸の仕方
体内の二酸化炭素の濃度のバランスをとること。
➡️息をゆっくりと吸って吐く方法を学ぶ。
吸う空気の量を減らして血流中の二酸化炭素を増やすと、組織や臓器内の酸素が増える。
息を減らすことで動物はより多くのエネルギーを、より効率的に生産できた。
健康な体にとって、呼吸過多や純酸素の吸入はなんの役にも立たず、組織や臓器への酸素運搬に効果はないどころか、むしろ酸素不足の状況をつくり出し、窒息に近い状態を招きかねない。
吸う息を長くすれば、肺は少ない呼吸数でより多くを取り込むことができる。
「もしも、訓練と忍耐力により、従来の方法通り1分間に47回ではなく、わずか14回の呼吸で同じ運動負荷をこなせるならば、そうしない理由がどこにあるだろう?」
ゆっくり呼吸すると酸素濃度は上昇する。
祈りは、とりわけ1分間に5.5回の呼吸で実践されたときに癒しとなる。
◾呼吸を減らす
われわれの国は過食の文化になったのと同じように、過呼吸の文化にもなっているのだ。
インドのヨガ行者は訓練によって安静時に吸う空気の量を減らす。
最適な呼吸、それに伴う健康、持久力、長寿といったあらゆる恩恵へのカギとなるのは、吸って吐く回数を減らして量を少なくする。
息をゆっくりと、長く吐けば、そのぶん二酸化炭素濃度が高くなるのはいうまでもない。
ブテイコの研究。喘息や高血圧などの病気の患者の呼吸➡️多すぎ。吸うのも吐くのも口。血中の酸素は十分だが、二酸化炭素は不足。
ブテイコの深呼吸の自発的排除、ザトペックの低換気。
肺に余分な空気があると深い低換気状態にはなりにくい。
低換気トレーニングで最も効果的なテクニックは、吐く息を伸ばし、肺を半分満たした状態で、できるだけ長く息を止める、というのを繰り返すことだ。
肺の空気量を減少させて体内の二酸化炭素を増加させるだけでパフォーマンスが向上。
安静時に吸い込む空気の最適な量は5.5リットルであると発見した。最適な呼吸数は1分につき約5.5回。つまり5.5秒で吸い、5.5秒で吐く。これが完璧な呼吸だ。
誰でも、どこでも、このような呼吸を1日に数分でもすると効果が得られる。できればもっと長く。
◾噛む
伝統的な食生活から現代の加工食品に切り換えた社会では、虫歯の数が10倍に増え、歯並びがひどくなり、気道が閉塞し、全体的に健康状態が悪化していたのだ。白い小麦粉、白米、ジャム、甘味料入りのジュース、缶詰野菜、そして加工肉。
何を食べるかよりも、どう食べるか。咀嚼すること。われわれの食生活に欠けていたのは、咀嚼による一定のストレスだった。現代の加工食品の95%はやわらかかった。
古代の祖先は毎日何時間も噛んでいた。そこまで噛んでいたからこそ、口や歯、喉、顔は広く、強く、はっきりとした形になった。
これが今日、われわれの多くがいびきをかく原因のひとつ、鼻が詰まり、気道がふさがるわけだ。
歯は十分なスペースがあれば、自然にまっすぐ生えてくる。
抜歯が顔面の平坦化を引き起こすことは、矯正歯科業界で広く受け入れられてはいない。抜歯によって下顎後退型の顔面成長が起こると主張する研究も複数あるが、ほかの研究は、顔面の変化はほとんど、もしくはまったく見られないとしている。さらに、結果にはばらつきがあり、そもそも口蓋の幅を考慮してからでないと判断できないという意見もある。
抜歯後に後方への歯列矯正をした子供はことごとく、口や顔の成長を同じように妨げられていた。

◽気道閉塞を改善するための第一歩は歯列矯正ではなく、正しい「口腔内の姿勢(オーラルポスチャー)」を保つこと。
唇を合わせ、歯は軽く接触させ、舌を口蓋につける。頭を体に対して垂直にして、首をねじらない。座っても立っても、背骨はJ字形にし、完全にまっすぐで、腰のくびれに達したところで自然に外向きに曲がるようにする。この姿勢を保ったまま、つねに鼻から腹部に向かってゆっくりと呼吸するといい。人間の体と気道はこの姿勢で最も機能するように設計されている、というのがミュー父子の一致した意見だった。
◽ミューイング
舌の奥を口蓋の後部に押し当て、舌のほかの部分を波打つようにして前に動かし、先端が前歯のすぐ後ろに当たるようにする。

咬筋(耳の下にある咀嚼筋)は重量比では体で最も強い筋肉で、奥歯に200ポンド(約90キロ)相当の圧力をかけることができる。
◽体のほかの骨とは異なり、顔の中心を構成する骨、つまり上顎骨は可塑性の高い膜状の骨でできている。上顎骨は70代になっても、おそらくそれ以上の年齢になっても再成形して、より高密度にすることが可能だ。「あなたも、私も、誰もがーー何歳になっても骨を成長させることができる」とベルフォーは私に言った。それには幹細胞があればいい。そして顔の上顎骨を発達させるために幹細胞を生成して信号を送る方法は、咬筋を鍛えるのと。奥歯で何度も噛みしめること。
咀嚼することだ。噛めば噛むほど幹細胞が放出され、骨密度や成長が促され、見た目も若くなり、呼吸も楽になる。
コキッチ博士「成人は頭蓋顔面の縫合部で骨を再生·再成形する能力を持ちつづける」。
◾呼吸は自律神経系と呼ばれる巨大ネットワークの電源スイッチだ。
ドーバール「[ツンモは]人間の免疫機構を再構成するためのものだ」
体は必要以上の空気を無理やり取り入れると、二酸化炭素を過剰に放出する。すると、とくに脳内で欠陥の収縮が起こり、血流が減少する。ほんの数分、あるいはほんの数秒過呼吸になっただけで、脳の血流が40%という信じられない割合で減少しかねない。
このとき最も大きな影響を受けるのは、海馬、前頭葉後頭葉、頭頂後頭皮質など、視覚処理や体感情報、記憶、時間認識、自己意識といった働きを協調して支配する領域だ。こうした領域に生じる障害は、体外離脱や白昼夢など、強力な幻覚を誘発することがある。より速く深い呼吸をつづければ、より多くの血液が脳内から失われ、視覚や聴覚によりひどい幻覚が引き起こされる。
さらに、血液のphバランスが崩れた状態が長引くと、遭難信号が体全体に、とりわけ感情や興奮などの本能を制御する大脳辺縁系に送られる。このストレス信号を長時間、意識的に送りつづけると、より原始的な大脳辺縁系がだまされて、体が死にかけていると考えるようになる。ホロトロピック·ブレスワークの実践中に非常に多くの人が死と再生の感覚を体験するのは、それで説明がつくかもしれない。意識的な呼吸で命が危ない状態にあると体に認識させ、次に意識的な呼吸でそれを元に戻しているというわけだ。
◾止める
扁桃体=側頭葉の中央部にある2つのアーモンド大の塊。記憶、判断、感情処理を助ける働き。恐怖の警報回路の役割を果たすとも考えられていて、脅威を伝え、戦うか逃げるかの反応を起こす。扁桃体がないと、予知能力や危険な対立を回避する能力の発達が送れる。恐怖心がなければ、生き残ることは不可能。
教科書は間違っていた。扁桃体は単なる「恐怖の警報回路」ではなかったのだ。われわれの体にはほかにもっと深い回路があって、扁桃体単独では起こせない、もっと強力な危機感を生み出している。
それは2度と息ができないという感覚から生まれる、深い恐怖と圧倒的な不安だった。
·体は酸素の量ではなく、二酸化炭素の濃度で呼吸の速さや頻度を決定している。
·心の健康も化学受容器の柔軟性に依存している。精神障害ではなく、化学受容器と脳のほかの部分をつなぐ通信回路の遮断で、パニック発作や不安による衰弱が起こる。
パニックの原因が、扁桃体で処理された外部の心理的脅威ではなく、化学受容器と呼吸であるのは興味深い。
恐怖は単なる心の問題ではなく、患者の考え方を変えさせるだけで治療できるわけではない。恐怖と不安には身体的徴候も見られた。どちらも扁桃体の外、もっと古い部位である爬虫類脳で生じることがある。
·不安やパニックを治療するには、まず中枢化学受容器と脳のほかの部分を調整して、二酸化炭素濃度にもっと柔軟に対応できるようにすることかもしれない。息を止める術。
·体を二酸化炭素にさらすと、水のなかでも、注入するかたちでも、吸入であっても、筋肉や臓器、脳などへの酸素運搬が増し、動脈が広がって血流が増加し、脂肪がさらに分解され、多くの病気にとって強力な治療となる。
·二酸化炭素が脳内の化学受容器をリセットする役割を果たし、それによって患者は正常に呼吸し、正常に考えられるようになっているのではないか(ドナルド·クライン)。
·浮動性不安、二酸化炭素と酸素が半々の混合物を2~5回吸うと、患者が感じる不安の基礎レベルが60(衰弱状態)から0に下がるのだ(ウォルピ)。
·だがウォルピが二酸化炭素召集を呼びかけたその年、米国食品医薬品局によって最初のSSRI治療薬、フルオキセチンが承認され、プロザック、サラフェム、アドフェンといった商品名でよく知られるようになる。
·ウォルピの研究が発表された10年後、クラインがパニックや不安、関連疾患を引き起こすメカニズムと思われるものを発見。「進化した窒息警報システムを誤作動させる窒息モニターによる生理学的誤認」と「窒息誤警報、自発的パニック、関連症状」に記している。そしてその誤認された窒息は、成長して二酸化炭素の変動に過敏になった化学受容器から生じていた。恐怖とは、根本的に、心の問題であると同時に体の問題にもなりうるのだ。
·さらに、うつ病、不安、パニックはすべて密接に関係していて、いずれも同じ恐怖の誤認に原因がある。
·パニックの原因とは慢性化した不健全な呼吸習慣だ。二度と呼吸できないかもしれないとの思いからパニックに陥る。
·パニックは、喘息と同じく、通常は直前に呼吸の量と回数が増加し、二酸化炭素が減少する。そこで発作を未然に防ぐため、被験者たちは呼吸を遅くして減らし、二酸化炭素を増やしていた。この単純かつコストのかからないテクニックで、めまい、息切れ、窒息感が解消された。パニック発作が起こるまえに実質的に治療できたわけだ。深呼吸より息を止めるほうがはるかにいい。
·ファインスタインが目指すのは感情レベルで患者の感じ方を変えることではない。原始的な脳の根本にある機構をリセットすることだ。
·二酸化炭素は、長きにわたって無意識の病とみなされていたものを抑える意識的な力をもたらし、私たちが苦しんでいる症状の多くは呼吸によって引き起こされ、そして制御できるのだと教えてくれる。
·これは根本的には暴露療法だ。炭酸ガスに身をさらせばさらすほど、負担がかかりすぎたときの回復力が増す。
◾本書で述べたあらゆるテクニックが最初に現れるのは、こういったインド人による古文書。執筆した博学な人たちは、呼吸がただ酸素を取り込み、二酸化炭素を吐き出し、神経系を鎮めるだけではないと明確に理解していた。われわれの息には目に見えないエネルギーがもうひとつ含まれている。
·中国人は意識的呼吸のシステムを〈氣功(チーゴン)〉と呼んだ。〈氣(チー)〉は「呼吸」、〈功(ゴン)〉は「仕事」を意味し、合わせて「呼吸仕事(ブレスワーク)(呼吸法)」ということになる。
◾エピローグ
·現代医学は、彼らが言うには、緊急時に身体の一部を切除したり縫い合わせたりする際には驚くほど効率的だが、現地人の多くが抱える喘息、頭痛、ストレス、自己免疫の問題など、軽度で慢性的な全身性の疾患には残念ながら不向きである、と。
·東洋医学のように、呼吸法は予防策として用いるのが最適だ。体のバランスを保つ手段。
·「身体の不調は生まれつきの欠陥というより、酷使した結果である」
·「文明病」。糖尿病、心疾患、脳卒中など死因トップ10のうち9つは、食べ物や水、家や職場が原因。人類が作り出した病気。
·遺伝的に何らかの病気にかかりやすい人はいるが、その病気になると決まっているわけではない。遺伝子はオンにできるのと同様に、オフにもできる。そのスイッチを切り替えるのは環境からのインプットだ。食生活や運動の習慣を改善し、家庭や職場の毒素やストレス要因を取り除けば、現代における慢性疾患の大半の予防や治療に対して、著しい持続的な効果が得られるだろう。
·呼吸は重要なインプット。
「空気は1日約30ポンド(約13キロ)肺を通過するのに対し、食べ物は4ポンド(約1.8キロ)、水は5ポンド(約2.3キロ)」
細胞が消費する1.7ポンド(約0.8キログラム)の酸素は食事の内容や運動の量と同じくらい重要だ。呼吸こそ健康に欠けている柱にほかならない。
·人間の顔の骨は体内のほかの骨とは異なり、20代で成長が止まることはない。70代、あるいはそれ以上になっても成長し、変わっていく。つまり、私たちは事実上何歳になっても口のサイズや形に影響を与え、呼吸の能力を改善することができるのだ。
·曾々々々々々祖母が食べていたような、粗削りで、あまり火が入っておらず、栄養価の高い食事を摂らなくてはならない。それなら1日1~2時間しっかり噛むことになるだろう。その間、上唇と下唇を合わせ、歯と歯を軽くふれさせ、舌は口蓋につけておくこと。
◾一酸化窒素は毛細血管を広げて酸素供給を増やし、平滑筋を弛緩させる強力な分子だ。ハミングは鼻腔での一酸化窒素の放出を15倍に増加させる。1日5分かそれ以上行う。

土と内臓

◾肥沃な土壌は地質学と生物学の境界、風化していく岩の破片と腐食した有機物が混ざり合ったものだ。
◾緑に満ちた庭を作るには、目に見えない土壌生物を育てる技術が重要。
◾アンのマルチの配合は、堆肥作りの経験則におおざっぱに従った、場当たり的なものだった。炭素が豊富なもの(木材チップや落ち葉)約30に対して窒素を多く含むもの(コーヒーかすや刈り取った草)1の割合で調合するのだ。正確な割合はさほど重要ではなく、炭素を多く含むものと窒素を多く含むものを覚えて、前者を後者より多く使うことが肝心だ。
◾手品のように消える有機
·土の色が濃くなったのは、有機物が分解されてフミン酸になったからだと、私は推測した。平均して、腐りかけた有機物中の炭素のおよそ半分が、養分豊富だが腐りにくい混合物となって土壌の中にとどまり、自然界にある何よりも肥沃度を高める。もう半分は腐食過程で大気中に失われる。
·有機物を加えたことで、土壌を肥やすだけでなく、新しい住人を呼び寄せたーーキノコ、土壌動物、甲虫、そしてあとでわかったことだが、目に見えない小さな生物の世界を。
·それでも土の色が濃くなるにつれて穴堀りが楽になり、新しい庭で消える有機物と爆発的に増える生物とのつながりがわかり始めたのだった。
·アンが土に与えた堆肥、マルチ、土スープのすべてが、いかに肥沃な土壌を作るか
·園芸家のように考えることが、人類が肥沃な土壌を使い果たすことなく、そればかりかはるかに大きな規模で作りだしていくのに役立つなどということがありえるのだろうか?
·庭は、地球の生命の車輪を回す再生と死の循環という小宇宙になった。
·生物が庭にやって来る順番は、微生物や菌類から始まり、ミミズ、クモ、甲虫、そして鳥まで、生命が地球上で進化した順番を再現している。
·私たちの足の下や目の前でくり広げられたことは、陸域生態系の根本的事実、つまり、微生物がそのすべてを支える土台であることを示してくれた。
·自然とつながろうとする本能。自然の小さな断片、つまり庭の世話をすることは、他に類のない形で、この本能を呼びさます。食用、慰安、観賞用、楽しみとして植物(そして動物)を育てることは、文明そのものと同じくらい昔にさかのぼる。
◾第2章
·微生物の五つの類型➡️古細菌、細菌(抗菌剤)、菌類(抗真菌剤)、原生生物、ウイルス(抗ウイルス剤)
·砂漠や極地のように温度や湿度が低い環境=有機物が少なく微生物の多様性が低い。
·地上の生態系と同様、地下で一種類が減ると全群衆に波及して、劇的な変化ぎ起きることがある。
·細菌は地球の高い天井である高層大気を巡り、雲の水滴の中で増える。また古細菌は、深海底に開いた煮えたぎる噴出孔付近に棲む。
·動植物は、冒険心にあふれる微生物が新世界の探検に出発するための、宇宙船のようなものだと考えてみよう。
·生命があるところには必ず微生物がいる。
◾3
·微生物は人間のためになることも、ためにならないこともするのだ。
·ドメイン
古細菌ドメイン=古い微生物をほとんど含む
細菌ドメイン=昔からの普通の細菌を含む
真核生物ドメイン=人類、動物、植物を含めた残りの生物すべてを含む
·生命の樹は微生物が支配しているのだ。
·ウイルス
生き物ではなく、細胞でできていない。タンパク質の層にくるまれたDNA(またはRNA)の小さな包み。生きた細胞の中以外で繁殖できず、そこで宿主のDNAを乗っ取って自分のコピーを作らせる。第4のドメイン
◾4
·古細菌が細菌と合体➡️やがて真核生物に。
·すべての多細胞生物は単細胞の生命体、主に細菌が物理的に合体して発生したと、マーギュリスは提唱した(共生的相互作用および共生的関係、シンビオジェネシス)。
私たちやその他すべての多細胞生物は、大昔に種類の違う微生物、主に細菌との共生関係として始まった。
·ウイルスは、そのような融合の産物ではない。基本的要素以外すべてを失って、宿主細胞の中で生きて複製するしかない野放しのゾンビDNAやRNAの塊にすぎなくなった。
·マーギュリスは微生物の進化を、ことなる形態の生物が上へ上へと積み上げられていくブロック玩具のような過程だと考えた。
·多細胞生物の初期の進化は、マーギュリスの考えでは、さまざまな微生物から部品を集めて新しい生物を作るような過程だった。
·長い目で見て、相互の利益になる抑制と均衡を持った微生物群衆は、個別の細菌が自力で手に入るものよりも安定した環境を提供するのだ。
·私たちは、遺伝子の三分の一以上を細菌、古細菌、ウイルスから受け継いだのだ。
◾5
·植物は土から吸い上げた水と空気中の気体、それと少量の鉱物由来の材料を合成して自分の身体を作っている。
·ド·ソシュールは、植物が液体の水と気体の二酸化炭素を太陽光の下で合成して生長することを実証(光合成)。
·植物は炭素を土壌の腐食質から吸い上げるのではない。空気から取り出しているのだ!
·地球の大気の約80%は窒素で、植物は微生物の力を借りて、これを空気中から取り込む。カリウムは岩の中に広く存在する。しかしリンは非常に少なく、特定の岩石(と、腐りかけた有機物)にしか含まれない。
·盛んに生長する植物と害虫や病気にやられてしまう植物があるのはなぜか(ハワード)。
◽化学肥料はステロイド
·ハワードは、農薬は症状に対処するが、原因には対処できないと信じ、農家は違う戦略ーー植物が自然に持つ防衛システムを理解し助けてやることーーを必要としていると考えた。
·微生物が有機物を分解して、植物の健康を維持するために重要な栄養を運んでいるのは確実だと思っていた。
·インドール式処理法の肝は、植物性廃棄物と動物性廃棄物を混ぜて堆肥を作ることだ。
結果は見事なものだった。
·堆肥造りは個々の農場やプランテーション所有者やその土地には意味があるかもしれないが、農家や園芸家を将来にわたる顧客として必要としている新興産業にとっては、合理的なビジネスモデルではなかった。一方ハワードは、複雑な生物学的問題に対して小手先だけの化学的解決法を売りつける企業を、遅れていると考えていた。
植物病理学者も、寄生虫が堆肥の中で生き延びて作物を壊滅させると恐怖を煽った。堆肥に頼った農場には害虫がはびこるだろうと主張した。なにしろ堆肥は腐りかけた植物と動物の糞便でできているのだから、問題と疫病のもとであることは間違いない。そんなこんなで、技術的進歩のあとを追いかけている世界に、ハワードの見方はほとんどいなかった。
·病原体は堆肥化で死滅することが証明された。ハワードの考えでは、広く行きわたっている堆肥への恐れは、単純明白に事実無根だった。
·それでも、現代の有機農業·園芸農業の起源は、ハワードの研究から直接始まるものだ。堆肥を用いて熱帯の土壌に肥沃度を復活させる実験から、ハワードは化学肥料を、長期的な土壌の肥沃さや植物の健康と引きかえに短期的な能力を高める農業のステロイド剤として見るようになった。
·有機物は微生物と菌類という触媒に栄養を与え、それらがかつての生物を新たな生命の基本成分へと再び循環させるのだ。
·ハワードは農芸化学的手法がやがては必ず失敗すると考えるようになった。
·化学肥料によって徐々に土壌が汚染されつつあることは、農業と人類にふりかかった最大の災害の一つである。
·土壌の肥沃さを永久に保つ秘訣➡️植物性と動物性両方の廃棄物(作物の刈り株と畜糞)を使用し土壌微生物の成長を促すこと。
·結局ロザムステッド実験が示すのは、堆肥が土壌肥沃度を高めるのに対して、化学肥料はその場しのぎの一時的な代用品であるということだ。
·ペルー、中国、日本、インド、いずれの場合も生産性の高い農業を代々続けられる秘訣は、有機物を土に戻すことにある。
·東洋の一般的な農場は規模が小さく、堆肥を畑に戻すのが容易だ(西洋は広い土地、単一栽培、農薬と化学肥料への依存という傾向)。
いずれの国もマメ科植物を広く輪作に取り入れている。西洋科学がマメ科植物の根粒に棲む微生物に窒素固定の役割があることを発見するはるか昔から、世界中の農民は経験からマメやクローバーが土を肥やすことや、有機物が肥沃度の維持に役立つことを知っていたのだ。
·堆肥が菌根菌と植物の根との関係を刺激するのではないか。
·菌根が植物と土壌が持つ栄養とのあいだに橋渡しをしたからだと、ハワードは考えた。
·私たちは、ある土壌菌が作物の根と土中の腐植を直接に結びつけるという共生の顕著な実例を扱うことになりそうだ。
·土壌中の腐植が植物に直接影響するのではないことを、ハワードは理解した。微生物という仲介者の活動を通じてそれははたらくのだ。
·化学肥料が作物の病害の発生率を上げるメカニズム➡️土壌中の生命の破壊、特に菌根と植物の関係の阻害が問題の中心。
·有機物を土に返すという道
·土壌の化学的組成ももちろん重要だが、植物が栄養をどのように取り入れるか、取り入れ可能かどうかも同じくらい重要だ。
·土壌生態学=土壌肥沃度の基礎。
◾6
·つまり、植物は有機物を直接吸収していなくても、有機物を養分として分解する土壌生物の代謝産物を吸収しているのだ。
·土壌有機物は、土壌を肥沃に保ち植物に栄養を与える重労働を担っているのだ。
·菌類と細菌は土壌生物集団の土台であり、地下世界の仲介者の中心だ。
·病原性の菌類ばかりが注目されているが、近年役に立つ菌類がようやく評価されるようになった。
·死んだ微生物は土壌有機物の最大80%を占めている。
·腐植は豊かで肥沃な土壌の目印
·植物の世界は、人類が登場するはるか昔から自給していた。植物は不要になった部位を地上に落とし、あるいはそれが枯れた根であれば地中に残す。飢えた土壌生物はこの有機物の恵みを食べ、その過程で死を、植物が必要としながら光合成では得られない元素や化合物に変える。これは壮大な規模の共生だ。
·土から植物、動物まで広がる生命の絨毯。動植物の死は微生物界の繁栄の礎。地下の土壌の生命は陰、地上の生命は陽。
·植物の根と土壌生物との特殊化した大昔からの関係を、私たちは理解しはじめたばかりだ。
·非病原性の微生物の密度が高い土壌は、密度が低いものと比べて、植物の生長や健康に有利に働く。「発病抑止」土壌。
·すべての植物にはマイクロバイオームがあり、唯一無二の微生物群を住まわせている。動物にもある。
·微生物群集の特定の組成が、植物の耐病性に影響する。
·植物には特定の微生物を引き寄せる力がある(根滲出液の特定の成分による)。
·窒素固定細菌が供給する植物が利用可能な窒素の量は相当なもの。コムギやトウモロコシに使われる化学肥料を十分埋めあわせるもの。工業的に生産される窒素肥料が発明されるまで、植物内のほとんどすべての窒素は、大気中の窒素を植物が利用できる形に変える細菌に由来するものだった。細菌によって得た窒素は、植物➡️土壌➡️動物へとくり返し循環。
·ここで自然の商品ーー植物が作る炭水化物と菌類が手に入れた無機栄養素ーーが交換され、地下経済が形作られるのだ。
·広範囲に効く殺生物剤がよいものも悪いものも一緒に殺してしまうと、真っ先に復活するのは悪者や雑草のようにはびこる種だ。この根本的な欠陥によって、農薬を基礎とした農業は中毒性を持たされているーー使えば使うほど必要になるのだ。販売店や中間業者にとって、これは商売としてうまみのあるものだが、客にとっては長い目で見て逆効果だ。そして農業の場合、私たち全員に影響が及ぶのだ。
◾7
·細菌の門は約50。全人類の腸の中だけで12門に属する種が棲息。動物の大多数は9門。人間をはじめ脊椎動物ーー魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類ーーはたった一つの門、脊索動物門にきれいに収まる。
·免疫細胞はGALT(腸管関連リンパ組織)に集まっている。
◾8
·GALT以外の免疫系に大きな役割を果たすもの。
クルミ大の胸腺は胸骨のすぐ下に位置し、免疫細胞を一種類作り出す。骨髄はそれ以外の免疫細胞の源だ。そして左上腹部の肋骨の下には、こぶし大の脾臓がきっちり収まり、血液を濾過して異物の分子を取り除いている。
·マイクロバイオームの混乱が、多くの慢性疾患と自己免疫疾患にかかりやすくなる根本的原因の中にあるようだ。
·T細胞は胸腺で生まれる。
·B細胞は骨髄から誕生。
·T細胞の中の2種類、Th17細胞(炎症を激しくさせる)とTreg細胞(炎症を抑える)のバランスが失われると、炎症を誘発するがんだけでなく、自己免疫疾患や潰瘍性大腸炎のような炎症性疾患の原因にもなる。
·虫垂(小腸から大腸への変わり目にある)の機能。このよどんだ場所は、消化管の洪水のような環境からの安全な隠れ場所を共生生物に提供する。病原体を排除するために下痢が起きたあとで、共生菌を供給してすぐに再定着できるようにしているのだ。
·もっとも肝心なのは、進化の過程を通じて、共生生物は私たちの免疫系に、自分たちが病原体でないことを教えてきたことだ。
共生生物が提供する情報は、免疫系が不要な炎症を引き起こさないようにするのに役立つ。
◾9
·弱められた生きたウイルスは、一般に同じ株の死んだウイルスより病原性が強いと考えられる。
·ポリオワクチチンの場合、生きたウイルスを使うか死んだものを使うかの判断が、人々の生命と人生に重大な意味を持っていた。
きわめて病原性が高いが「殺した」ばかりのウイルスで作るワクチン(ソーク)か、病原性が低い株を殺さずに弱毒化したものからつくるワクチン(サビン)か。
·無論、当時は誰一人として、免疫細胞の存在を知らないし、まして樹状細胞が病原体から抗原を拾って獲得免疫細胞を活性化させることなど知るよしもない。
·ジェンナーは、病原性の弱い牛痘を人間に用いて、きわめて病原性の強い天然痘を予防する方法を発見した。ここにワクチンの成功の鍵がある。病原体から病原性を取り去りながら、免疫反応を引き起こす特徴は維持するのだ。ジェンナーの成功の秘密は、獲得免疫細胞、すなわち病原体に初めて遭遇すると、その特定の分子指標を記憶·認識する能力を持つ細胞を刺激したことにあると、今ではわかっている。ジェンナーは、サビンとソークを対立させた板挟みに直面することはなかった。牛痘で人が死ぬことはないからだ。
·ジェンナーの友人の外科医が、ラテン語で「牛」を意味する「ワッカ」からこの用語(「ワクチン」)を作ったのだ。
·センメルワイスの成功は医学会を激怒させた。産褥熱の蔓延を衛生状態の悪さと結びつけたことで、センメルワイスは医師を責めたてただけでなく、病気は「悪い空気」から発生するーー古代からの障気論ーーという医学知識にケンカを売ってしまったのだ。その衛生規範(手洗い)は実際に効くことを実証したものの、どのようにしてそれが効くのか、センメルワイスには正確に説明できなかった。
·今日、旧来の通説やパラダイムに反する新しい知識への手のつけられない拒絶を、哲学者は「センメルワイス反射」と呼んでいる。
◾10
·パスツールは研究を、微生物を利用してまさにその微生物が引き起こす病気を治療する可能性へと移した(弱毒化した変種を使ったワクチン)。
·パスツールは狂犬で実験を行ない、弱毒株を接種すれば重大な症状の発生を防げることを明らかにした。
◽(p224)1885年7月6日の月曜、マイスター少年狂犬に襲われ、太腿、脚、手が噛み傷で肉がずたずたに。狂犬に噛まれる=死の宣告。パスツールの実験の成功はイヌで人間はまた別問題。何人かの医師に相談しても、全員一致で生存可能性0。
そこでパスツールは、少年に弱毒性狂犬病ワクチンを10日間で12回接種した。最後の日、パスツールはマイスターに、新しく採取した病原性の高い株を接種し、この治療で実際に免疫が与えられたかどうかを試験した。
少年は狂犬病にはかからず、そして驚くことに、犬の噛み傷からの感染症にもやられなかった。傷はふさがり、2ヶ月後には少年はすっかり健康を取り戻した。
·コッホは病原性の幅、弱めた病原体からワクチンを作ろうとするパスツールの中心原理を拒絶。
·パスツールは、病原性の変化が突然流行する伝染病の説明だと信じた。フランス学派は免疫とワクチン開発に集中。
·細菌論の基礎となる4つの原則(コッホ)
1.病気にかかったものの体内からその微生物が常に見つかること。2.その微生物は宿主から分離され、純粋培養されること。3.培養した微生物を感受性のある宿主に戻すと同じ病気を起こすこと。4.意図的に感染させた宿主から回収した微生物は、最初のサンプルのものと一致すること。
この4つすべてを論証できたとき、微生物と病気との因果関係が立証できたと断言できるのだ。
·病気のもとになる病原体の特定をコッホは一貫して重視していたこと、そしてパスツールとは違い、有益微生物を扱った経験がほとんどないことから、自分が培養しているのは微生物の世界のごく一部であることに、コッホはまったく気づいていなかったのではないかと思われる。
·今日、簡単確実に培養できる微生物はごく一部にすぎないことを、微生物学者は知っている。
·1931年の電子顕微鏡発明で、ウイルスが発見される。
·(p238)抗生物質でヒトの病原体を殺そうとする過程で、自分のマイクロバイオームの改変まで引き起こしてしまった。
抗生物質の効果に関する最新の知見は実に衝撃的だ。オレゴン州立大学の研究者は、マウスの実験で、抗生物質が殺しているのは細菌だけではないと報告した。それは大腸内壁の細胞も壊しているのだ。どのようにして抗生物質が哺乳類の細胞を殺すことができるのか?細胞一つひとつにある小さな発電所ミトコンドリアにダメージを与えるのだ。大昔、ミトコンドリアは独立した細菌だったことを思い出してほしい。ミトコンドリアのルーツが細菌であることが原因で、ある種の抗生物質に弱点があるらしいのだ。
◾11
·メチニコフの発見までは、細菌が炎症を起こすと考えられていた。メチニコフの報告により、この認識は逆転したーー食細胞が細菌と戦うときに炎症を起こすのだ。彼の考えでは、炎症は生物が健康を保つ上で欠くことのできないものだった。今日の私たちは、それが正しかったことを知っている。
·ノーベル賞受賞の前後数年間、メチニコフは、大腸に棲む微生物の構成を変えれば寿命を伸ばせるという考えに取りつかれるようになった。
·細菌論にすっかり染まっていたメチニコフは、微生物の見方を変えた。微生物はすべて悪いわけではない。中には人間の役に立つものもいるのだ。メチニコフの考えの中で大腸は下水から宮殿へと昇格した。この転換は、現在私たちが知っているプロバイオティクス治療のさきがけとなるものだ。
·趙の考えはこうだーー欧米式の食事は内毒素を作り出す細菌の数を増やす。内毒素は消化管から漏れだし、血流に乗って身体の各部を巡る。これが免疫細胞の注意を喚起し、全身性炎症が起きる。最終的に、この過剰な炎症が代謝を変化させ、肥満の下地となる。
·最後のハードルを越えた趙は、肥満が二つの要因、高脂肪の食事と、腸内細菌が生成して血液中を循環している内毒素の組み合わせによって起きると結論づけた。
·全粒穀物の中で、被験者が食べたのはハトムギ、ソバ、オートムギだった。中国の伝統的な薬効食品にはニガウリが選ばれ、プレバイオティクスにはペクチンオリゴ糖(食物繊維のもと)が入った。
·食事を変えることで内毒素生産菌の支配を、ひいてはその肥満への寄与を終わらせることができると、趙は結論した。
·オランダの実験。痩せた人の腸内細菌を肥満者に移植すると痩せるが、食事を変えないと3ヶ月後には元通り。
·胃は溶解器(ph1~3)、小腸は吸収器(4~5)、大腸は変換(発酵)器(7)。微生物群集は互いに川と森ほど違っている。
·動物と人間両方の研究から、特に三種のSCFA(短鎖脂肪酸)ーー酪酸、酢酸、プロピオン酸ーーには薬効があることがわかっている。
·そして、SCFAは腸管壁浸漏症候群への天然の薬でもあることがわかっている。それは、大腸内壁の細胞の間隔を密にする。こうすることで、内毒素が血流に入りこんで全身に炎症を起こすことが防がれる。
·酪酸は樹状細胞とマクロファージを活性化させ、他の免疫細胞にも抗炎症サイトカインの放出を促進させる。
·酪酸の注腸➡️クローン病や大腸炎によって大腸が慢性的に炎症を起こしている患者の治療として行われる。
·細菌による複合糖質の発酵は、小腸内容物が最初に到着する大腸上端でもっとも活発。酪酸を作る細菌は大腸上部に、酢酸とプロピオン酸を作るものは大腸下部に棲む。
·発酵の効果は、特に大腸の上部では、SCFAの生成物で局所環境が酸性に傾くことだ。結果としてこれがpHに敏感な病原体(大部分は酸に耐えられない)を抑制する。
·多糖類を発酵させるSCFA生成菌(それが何ものだろうと)に餌を与えること!!!
◾12
·植物性(果物、野菜、豆)の食事を摂っている参加者の便サンプルでは、糖質を発酵させる細菌の数が増え、短鎖脂肪酸も増えた。この研究は、食事がマイクロバイオームを変えることだけでなく、それが非常に速く起きることも示した。
·プレバイオティクス=細菌が発酵させる多糖類の別名。
·人の主要なプレバイオティクス源は植物。人類にとって重要な穀物は、イネ科植物の種子だ。それはセルロースに富み、他の発酵性糖質も少しだが含んでいる。全粒の形で食べれば、素晴らしいプレバイオティクスになるが、精製すると単糖になって、大腸に届く前に吸収されてしまう。
·プレバイオティクス=今いるものに餌を与える
·プロバイオティクス=いなくなったかもしれないものを再び取り入れる
·実験者は意図的にプロバイオティクスを食事に入れていないのに、いくつかの型のラクトバチルスが、動物性食品のグループにいた人の便サンプルでかなり増加していた。これは昔ながらの起源であり、チーズを作ったり肉を保存したりするのに使われる培養菌だ。便の中に見つかった二種の菌類が、動物性食品のチーズと植物性食品の野菜に由来していた。
·小腸と大腸は全粒穀物を、精製穀物とはまったく違う形で扱う。全粒穀物では、糖質が他の分子と結びついたままなので、酵素が糖質を見つけて分解を始めるまでに時間がかかる。
対照的に、精製穀物は消火ホースさながらにブドウ糖を放出し、小腸はそれを律儀に吸収しては血流に渡す。するとインスリン膵臓からほとばしって、ブドウ糖を血液から細胞へと運ぶ。しかし細胞を際限なく糖の貯蔵庫として使えば、結局は内蔵へのダメージのような別の問題を引き起こす。解決のため糖は脂肪へ。
·肉を食べ過ぎると、処理しきれなくなった小腸は、半消化のまま大腸へ。細菌はそれを腐敗させる。腐敗で発生する、窒素と硫黄を含む化合物は、大腸内壁の細胞に毒による打撃を与える。また、酪酸の取り込みを阻害、細胞間のすき間は広がりだし、腸管壁浸漏症候群が起こる。
·脂肪を摂る➡️胆汁出る➡️うち5%が大腸へ➡️大腸細菌相が胆汁を二次胆汁酸という極めて有害な化合物に変える。脂肪を摂るほど二次胆汁酸が増える。
·ハイジの皿。中くらいの大きさの皿を選び、野菜、豆、葉物野菜、果物、未精白の全粒穀物を使って食事を作る。好みで肉を加え、健康にいい油(オメガ3脂肪酸、オリーブオイル等)を少し野菜の脇に垂らすか上に振りかける。デザートと甘いものは特別のものだ。だから特別の機会のために取っておこう。
·健康な食事の鍵はバランスに多様性ーーそして精製炭水化物をはずすことーーといたってシンプルだ。
·繊維の好きな細菌を優位に立たせておくためには、大釜を毎日、発酵性の食物で満たし、自分にとっていいものであふれかえらせることだ。
◾13
·人の健康を保つ秘訣は、有機物を農地に戻して、農業のやり方を自然の分解と再生のサイクルにならったものにすることにあると、ハワードは確信をもった。土壌細菌と菌根菌が、植物に欠かせない栄養素を供給するのは確かだったが、植物が滲出液を作り、それと交換で微生物から別の栄養を得るとはハワードは思っていなかった。
·有機物と土壌生物は、植物、動物、人間の健康の根底にある土壌肥沃度の基礎をなすのだ。
·植物は生長するにつれて、天然に存在する鉱物元素、たとえば銅、マグネシウム亜鉛なども取り込む。やがて、窒素、リン、カリウムだけ補充されても微量元素は補充されないので、食品中の栄養素が少なくなるとアルブレヒトは主張した。言い換えれば、化学肥料の集中的使用によって収穫量は増えるが、その作物はミネラルに乏しいかもしれないのだ。そして植物でも人間でも必須ミネラルが不足しているということは、カロリー不足と同様にそれは栄養失調ということだ。
·微量栄養素ーー銅、マグネシウム、鉄、亜鉛などーーは、植物の健康と、植物を食べるものすべての健康の中心であるフィトケミカル酵素、タンパク質を作るために欠かせない元素だ。微量栄養素欠乏(ミネラル欠乏)は目に見えない飢餓のようなもので、現在カロリー不足よりもはるかに多くの人を蝕んでいる。
不耕起栽培では、くわで耕すのをやめて、代わりに地面に穴を開けて種を植え、前に栽培した作物の残渣を畑に残すことで侵食を減らして土壌有機物を増やす。この農法は土壌生物への物理的な衝撃もかなり減らし、有益な菌根菌を増やす。この農法で育てたジャガイモは病原性の菌類に影響を受けにくい。
·1928年、土壌科学者から抗生物質ハンターに転じた人物としてすでに紹介したセルマン·ワクスマンは、無機窒素、リン、カリウムを施すと微生物が土壌有機物を分解するペースが三倍以上になることを記録している。そしてほぼ10年後の1939年、ウィリアム·アルブレヒトは、50年間化学肥料を与え続けた試験区の有機物濃度を測定し、やはり無機肥料を加えると土壌有機物が減ることに気づいた。
·農薬を過剰にしようすると、悪玉に餌をやり善玉を飢えさせることになるのだ。
·これにより、根圏微生物相を操って病原体を抑え、植物の健康を増進させる道が開かれる。それどころか微生物との共生には、殺虫剤や化学肥料を減らし、あるいはそれらに取って代わり、そして集約的な農業を維持できるようにする、とてつもなく大きいのにおおむね見過ごされている潜在能力があるのだ。この点で、医学分野のプロバイオティクスやプレバイオティクスと共通している。
·農業の文脈では、微生物の餌はバイオティック肥料(プレバイオティクス➡️有機物·堆肥·マルチ)と呼ばれている(生物(バイオ)肥料と混同しないように。後者はプロバイオティクスに相当する生きた微生物のことだ)。
·バイオティック肥料を使ったやり方で特に興味深いのが、土の中にいるある種のシアノバクテリア(藍藻)の成長を促進するものだ。シアノバクテリアの何が特別なのか?それは光合成ができ、その上空中窒素を固定できるのだ。
·人間界と植物界は共通する主題を持つーー微生物との活発な伝達と交流だ。
·発酵性糖質を食べないと、腸内細菌の中には敵に回って腸の粘膜被覆を食べ荒らすものがいる。
·私たちの微生物のパートナーが、私たちが食べたものを材料にして有益な化合物や防御物質を作る様子は、根圏微生物相と根の相互作用にそっくりだ。
·有機物を分解する土壌生物は、栄養が植物へと滞りなく流れるようにする。これは、大腸内の細菌が複合糖質を有益な化合物(SCFAのような)に変えるのを思わせる。いずれの場合も、植物性有機物に富む食事が、健康と繁栄に欠かせない重要な栄養をもたらす。一方、単純糖質と単一の無機質肥料は生長を速めるが、植物のーーあるいはそれを食べる人間のーー健康の土台となる栄養をすべて供給するわけではない。
·いずれの場合でも、根あるいは腸との目に見えない境界線にある土壌の質と、それを私たちが汚染するのか、無視するのか、涵養するのかが、植物と人間どちらの健康にとっても大きな意味を持つのだ。
◾14
·足元の土の中と腸の奥深くに棲む善玉を殖やせばいいのだ。
·人間とは古いつき合いの微生物と協力するということは、長期的な思考によって短期的な行動を左右するということだーーこれは理屈では簡単だが、実行は相当厄介なことがある。信念を手放すのは難しい。それが親、広告代理店、社会全体によって強化されたものである場合は特にそうだ。
·細菌への毒性を高めようとするほど、世代交代の速さと身を守る形質を気安く手渡しできる能力によって、細菌の耐性は高まった。人間は細菌との戦闘には勝てるかもしれないが、このやり方で戦争に勝つことはできない。別の戦略が必要なのだ。
·人工甘味料がマウスや人間のブドウ糖代謝を変えて、腸内細菌バランス異常を引き起こすことを、新しい研究が証明した。人間の微生物相はそれが砂糖によく似ていると判断するらしく、人工甘味料は二型糖尿病と肥満への裏口なのではないかという疑問が残る。
·細菌が人間の免疫系と情報伝達して、病原体を撃退するために炎症を精密に配分し、また有益な共生微生物を補充するのを助けているという考えは、なおさら信じられなかっただろう。
·微生物に対する考え方を変えるのは、微生物の見方を変える第一歩だ。結局、視覚は能力だが、見方は技術であり続けるのだから。
·食べたものが養分となって、私たちのマイクロバイオームの代謝を形作り、それが今度は私たちの健康をーーすみからすみまで、よかれ悪しかれーー形作る。
·自分のマイクロバイオーム、つまり免疫系の生きている基礎を考えて食べることだ。腸内微生物相談に複合糖質が十分届いていれば、健康が手に入るのだ。
◾訳者あとがき
·抗生物質の乱用は薬剤耐性菌を生み、また体内の微生物相を改変して免疫系を乱して、慢性疾患の原因になっている。
·実は、土壌中の有機物は植物そのものではなく土壌生物の栄養となり、こうした生物が栄養の取り込みを助けて、病虫害を予防していたのだ。

素朴な疑問

◾そんな海水をそのまま濃縮した伝統的製法で作った塩が最も多くの種類の微量元素を含みます。海水を天日で濃縮し、平釜で加熱して急速に結晶化させる過程で、塩化ナトリウム以外のにがり分も結晶の中に取り込まれるからです。
◾精製塩や岩塩は99%が塩化ナトリウム。岩塩は気が遠くなるほどの長い時間をかけて、ゆっくり結晶化。その過程で残るのは、ほぼ塩化ナトリウム。

◾料理は塩で微調整
◾醤油使いの基本は、塩味を醤油で調えようとしないこと。醤油のうま味によって、それ自体に含まれる塩味は分かりにくくなっているからです。塩味が足りないと感じたら、醤油ではなく塩を加えて微調整するのが料理のコツですね。

◾「化学調味料」=「うま味調味料」
本来、天然素材の食物の中に存在するグルタミン酸イノシン酸グアニル酸などのうま味成分を人工的に製造し、ナトリウムと反応させてうま味を強めたもの。
◾「酵母エキス」
うま味をとるためだけに培養されたトルラ酵母ビール酵母。これらの酵母から抽出したエキスにはグルタミン酸核酸の強いうま味などが含まれる。
◾「うま味調味料」は「添加物」扱いだが、「酵母エキス」と「たん白加水分解物(「粉末醤油」等)」は「食品」扱いのため、この二つを使用しても「化学(うま味)調味料不使用」「○○無添加」と名乗れる。

◾添加物が入っていなければ、過剰な塩や甘味、油に対し必ず防御本能が働きます。

犬の心へまっしぐら

犬の心へまっしぐら
犬に学び、共感し、人間との完璧な関係を築くために

アンジェロ・ヴァイラ、泉典子 訳
中央公論新社
2012年

◾どちらが優位に立つかという考え方には基づかない、精神的社会的教育のための訓練を提案。
◾これからは人間が命令するのではなく、動物のほうが教師になるのだ。
◾ThinkDog(ジョン·フィッシャー)とは文字どおり「犬になって考えること」であり、犬と一体になって、ものごとを犬の目で見るということだ。
◾犬に自分の考えを押しつけるのではなく、犬の世界に入り込むことができれば、訓育は素晴らしい道程になり、やがては目を見張るほどの成果が生まれるのだ。
◾わたしが犬からさまざまな行動を引きだすことができても、自分を調教者だと考えないのは、まさにそのためなのだ。
◾私たちの頭は、認知の仕方を再検討することによって進歩する。
◾犬との関係を考えるうえでぜひしてほしいのは、東洋の哲学に耳を傾けることだ。いわく、「大事なのは、することではなく、あることである」。こうして私たちは、囁く人に行き着く。
◾その人の幸福と飼うことにした犬の幸福が、同じ歩調で進んでいくようでなければならない。
◾わたしは無数の犬たちが、美しさやコンクールのために、精神的肉体的遺伝的に粗末に扱われる実情を、仕事をしながらこの目で見てきた。
◾犬を利用し、四本足の友人であるべき相手の幸福より自分の目的のほうを優先させる人は、愛しているつもりになっているだけである。
◾犬の要求に応えるには、科学が教えることを基礎にして犬への知識を深めながら、一方で、顔や姿勢やしぐさや行動で表されるものを含めた、身体言語を注意深く観察することである。
◾人類は、戦いの方法も、漁のテクニックも、飛行の形態も、テリトリー防衛も、カムフラージュも、動物たちから教わっている。動物は、メタファーやおとぎ話や物語の力強いモデルやシンボルになり、紋章や旗やフリーズやロゴマークのイメージ喚起材になってきた(たとえばフェラーリの子馬やジャガーのデザイン)。まるで動物を表現することによって、彼らの力を自分のものにしたいと願っているかのようである。
◾犬との関係は一種の敷居であって、その敷居を一度またいだら、この世界がそれまでとは違ったふうに体験でき、犬を知らなかったときには縁のなかった資源や考え方や経験を自分のものにできるのだ。
◾ぼくらは、犬がいろんな行動の仕方を探求するに任せておくべきだ。それにはまず犬をもっと信頼しなければ。
◾犬が命令には完璧に従うが、命令されなければ何をしたらいいかわからないような訓練の仕方は、日常生活ではほとんど役に立たない。
◾どんな状況にも適応できる能力を育てることを目指す。いろんな状況を体験させ、「命令」ではなくガイドしサポートすることによって。
◾犬の「主人」ではなく、経験の媒介者。
◾リモコンを手から離す。もっと多くの時間を、おもしろくて楽しいリラックスした環境で過ごす。声を出して笑う!
◾原則。まず欲求を満たし、それからトレーニング。
◾けっして引っ張ってはいけない。どんなことがあっても。
◾しかしすべてのカギは、犬がボールか食べ物かを、選べるようにすることにあった。スピーノは、もし彼が望むなら、わたしが喜んでボールを返すことがわかったので、ボールを食べ物より大事なものだとは考えなくなった。つまるところ私たちも、それをあまり大事なものだと思っていないのだと、彼に確信させたのだ。
◾かむことを禁じられる時期に、自制の能力を身につけておかないと、その後に深刻な影響を及ぼすことになる。犬の活動過剰の問題の根っこはここにあるのだ。
◾誕生の際にはそれにふさわしい環境を調え、出生後少なくとも二ヶ月は、子犬の成長のために良好な環境を調える。この時期に子犬が暮らす環境は、彼らの認知システムがほどよい刺激を受けながら順調に発育するようなものでなければならない。
◾間違い·その6 犬と過ごす時間が短い
犬は社会的動物だから、私たちと一緒に時間を過ごすことが必要である。
もし誰かがわたしに、一日中仕事をしているから、犬と一緒にいられるのは早朝と夜だけだと言ったら、犬は飼わないほうがいいと、力を込めて言うだろう。
◾暴力はいつでも、ことをややこしくしてしまう。
◾間違い·その9 周囲の忠告を鵜呑みにする
災難なのは、間違った忠告をまともに聞いていると、状況がさらに悪化して、ツケを払うのは犬だけではなくなることである。もし何か支障が生じたら、犬を真から理解するのに自分のすべてを懸けている人に耳を傾けるほうがいい。
◾間違い·その10 力で支配しようとする
怒鳴る、罰する、引っ張る、たたく、手首をつかむ、「ボス」を気取る、などということは、モラルの点から避けるべきであるだけでなく、逆効果でもある。
忘れないでほしいのは 罰は学習を妨げ 関係を壊してしまうこと。並外れた成果を上げたければ、 並外れた手段を使うことだ 知識とか、 伝達能力や共感などの。
これらはどれも、服従を教える調教と訓育とを区別するものなのだ。
◾何か問題が生じて専門家(たとえば調教師)を訪ねると、その人なら正しい方法を知っていると思い込んでしまう。
◾犬はそうした扱いを受けると、頭のなかの複雑な作業など早々にあきらめて、私たちという人間に不快感や不信感を覚えるようになる。
◾強制的方法は軍用犬の調教に由来する。
◾軍用犬のが左側にいなければならないのは、人が右手で武器を握ったり、敬礼したりしなければならないからだ。毎日の暮らしのなかでは、犬は右でも左でもいいし、まえにいてもいい。
◾わたしは自分の仕事のなかで、「支配さること」という言葉を「信頼されること」という言葉に置き換えたいと思う。
◾力よりも信頼感
「信頼されること」ステータスは押しつけるものではなく、勝ち取るもの。自分には責任があり、犬の恐怖心をあおるのではなく、信頼されるようになるにはどうすればいいか。恐怖心から敬意を払ってくれる犬がいいのか、信頼しているから言うことを聞いてくれる犬がいいのか。
◾欲求を満足させる。頼まれるよりまえにしてやる(「感情の当座預金」)。犬を守り、しっかりした土台になる。不愉快な状況を避け、脅したり圧迫感を与えたりする犬からは遠ざけ、私たちの行動について誤った期待は抱かせず、筋を通し、体罰を与えず、信頼していいのだと犬に悟らせる機会をたくさん作る。
◾強制ではなく提案をする。
◾リーダーシップとは、犬が仲間になりたくなる 環境を創る能力のことである。
◾リーダーシップとは 自分の潜在能力を伸ばしながら 他人のそれも伸ばすことを助ける能力である。
◾あなたの感情は周囲の人に濃厚に感染するウイルスみたいなものだから、犬とその行動にも響いてくる。
◾「[······]他人をすでに十分覚醒した人として扱うことにしたとたんに、その人の反応はより前向きになり、そうしなかった場合よりよほど深い信頼感と精神的平安を示すようになる。実を言って、この現象のなかにはマジックなど一切ない。他人の潜在力がきわめて豊かであると考え、その人がそれを十分に使うことができるかのように振る舞うだけで、相手は持てる力を最大限に発揮するようになるのだ(ヨンゲイ·ミンゲール·リンポチェ『「今、ここ」を生きる』)」
◾他人に対する私たちの思惑は、言葉を通さない(身体言語や声の調子の)コミュニケーションになるわけである。
◾ローゼンタールの実験で明らかになったのは、学生たちのラットの扱い方が、その思い込みに応じて違っていたということだ。頭のいいラットを委されたつもりでいた学生たちは、ラットに親しみを感じ、より細かい気遣いでたびたび触れた。
◾相手を信じる
犬に対して私たちが示す態度ほど大事なものはない。それはどんなテクニックの力にも勝る、犬との関係の根幹をなすものであり、その大方が私たちの精神状態と思い込みから生まれる。
言葉によらないあなたからのメッセージは、たとえあなたは気づいていなくても、彼の認知や他者との関係や行動の進歩を支えるように意図されているはずだ。
◾わたしが考える教育の理想は、するべきことを四六時中指図しなくても、犬がひとりで適切な行動を選べるようにすることだ。
◾最大の壁は犬の能力への信頼が足りないことと、あらゆるしぐさを管理しようとする気持ちだと思う。
◾何をするかの指示はしない。次の動きは犬が選ぶ。カギになる言葉は信頼である。
◾幸福は学習すれば身につく活動であり能力なのだ。
◾犬はほめ言葉を、二秒まえまでしていたことに結びつけるのではなく、今そのときにしていることに結びつける。
◾過保護は経験を乏しくすることにつながる。
◾わたし個人としては加工品(揚げ物やドッグフード)より自然のものを好む。
◾本来なら犬はけっして仲間から離れたりはしない。犬にとってひとりでいることは自然でないから、鎖でつないでおいたり、狩りの季節まで柵に入れておいたり、庭の犬小屋にひとりで置いたりするために犬を飼うことは、けっしてするべきではない。
◾感情の領域とは、グループ全体が感じる感情の総合体のことである。感情はウイルスのように伝染し、あるメンバーからほかのメンバーに移って、そこにいるすべてのメンバーに大きな影響を与える。私たちは自分自身や、とりわけほかのメンバーのために、自分の感情を責任を持って管理しなければならない。
犬は人間の気持ちを
スポンジのように吸い込んでしまう。
◾「それぞれの宇宙」。三億匹の犬に、三億個の世界。
◾思い込みと価値観。たとえば、近づいてくる人を、好ましい社会的接触と受けとる犬もいるし、恐るべき脅威と受け取る犬もいる。そこで思い込みを変え、犬がその出来事に与える意味を変えて、反応の仕方を変えるのだ。
◾「犬が求めるのは親であって、集団のボスではない」テンプル·グランディン “Animals make us human”
◾あなたの犬に落ち着いてもらいたかったら、まずあなたが落ち着いていることだ。
◾人間の脳と犬の脳は、感情および愛情のやりとりに関しては、似たような構造を持っているのだから、犬にも二義的愛着対象がいると考えることは理に適っている。
ブダペストのエトヴェシュローランド大学動物行動学科のヴィルモス·チャニは、この件に関して、犬と人間の愛着関係を研究した。彼は、人間の子どもと母親のあいだにある行動の図式と同じものが、犬にもあることを明らかにした。しかしそれと著しく異なるのが狼の行動である。そこで、家畜化のプロセスが犬を小児化し、人との関係においては永遠の子犬にしてしまったらしいという、それまでの仮説が証明された。
このことは、私たち飼い主が、犬にとっては、真にしっかりした土台になれるということなのだ。不安なときや怖いときには私たちのそばにいたがるし、周囲を探検したり、経験しながら最良の方法で学習をしたりするとき、とりわけ心理面で、私たちを必要とするのだ。
そのうえあなたもあなたの犬も、きわめて効率のよい伝達路に恵まれているので、それを通って、つねに感情と精神状態が伝わっているのである。
◾「しっかりした土台」。ボウルビーの著作や、愛着についての科学的文献で手に入ったものを研究するうちに、犬が自信を持って健全に賢く育っているとしたら、それは遺伝に助けられているだけではなく、最初は親としての相手(子犬の母親)への愛着に、次には飼い主という愛着の二義的存在との結びつきに助けられているのだと、確信するようになった。
◾選択肢は多い方がいい。多様性不可欠の法則。
もし方法がふたつだけなら、ジレンマに陥るだろう。モーシェ·フェルデンクライスは、ひとつのことをするには、少なくとも三通りの方法を知っていることが必要だと言っている。
肝要なのは多様性である。自由になる選択肢が多いほど、成功の確率が高まる。
犬を座らせる方法は多い方がいいし、あなたがはぐくんできた能力も多いほうがいい。できるだけ多くの元手を持つこと。なぜなら元手は選択肢になるのだから。
これは多様性不可欠の法則が支配するサイバネティックスを見てもわかる。この分野では、相互に作用するふたつのシステムがあるときには、選択の幅が広いほうが他方を制する。あなたとあなたの犬がふたつのシステムであるとして、もしあなたがガイドになりたければ、学習を重ねるほうがいい。
いずれにしても、多様性の法則は、個人の暮らし、職業、スポーツなど、生活のどんな分野でも価値があるものだ。
◾その秘訣は、あなたがまず望ましい精神状態に自分を導き、それから動きや呼吸のまねをして、それができてからガイドすることである。
◾知識がすべて、愛情が残りのすべて
◾「わたしがこの犬を選んだのは相棒にするためだから、たとえいちばん楽なコンテストでさえ勝てなくても、犬を替えることはしない」
◾あなたが知識だけに気を取られていたら
ほどなくあなたは、心がハシバミの実のように
ちっぽけになっていることに気がつくだろう。
◾ThinkDogとは、犬が考えるように考え
彼の世界に入り 彼の目でものを見 その新しい視点から
人間としての経験を豊かにすることだ。
ある意味でそれは、神秘的な体験である。

失われてゆく、我々の内なる細菌

◾理由は私たちの周囲にある。抗生物質の乱用や帝王切開、消毒薬の使用などである。抗生物質に耐性の結核菌は以前から問題であった。一方近年は、クロストリジウム·ディフィシルなどの腸管細菌の薬剤耐性や、メチシリン耐性ブドウ球菌(MRSA)の流行が問題となっている。こうした流行の背景には、抗生物質使用による選択圧がある。
ヘリコバクター・ピロリ
この細菌は、ジキル氏とハイド氏のように二面性を持っていて、人体を障害することもあれば、人体を障害から防御することもある。
◾フローラ(Flora)は、ヒトのなかで生きる無数の細菌に対する古い呼称。しかし細菌は植物ではない。現在では「マイクロバイオータ」と呼ぶ。マイクロバイオータとその宿主との関係を含めたものは「マイクロバイオーム」と呼ばれる。
◾微生物は地球上の生物質量(バイオマス)の大きな部分を占める。それは、哺乳類、爬虫類、海にいるすべての魚、そして森林を合わせたより大きい。
微生物の存在なくして、私たちは食べたり呼吸をしたりすることさえできない。一方微生物は、人類の存在がなくても問題なく生存する。
◾マイクロバイオームの形成は胎児期からではなく、出生直後から始まる。
◾マイクロバイオーム全体をすっかり失うことは、肝臓や腎臓を失うに等しい。
◾ピロリ菌は(胃において)酸やホルモンの産生、免疫維持に対し重要な役割を演じる。
◾大腸の細菌の密度は体内で最も高い。1mlの大腸の内容物あたり、地球上の全人口より多い。
◾便=細菌と消化管細胞の混合物に水が混じったもの。
◾最近の研究では、植物由来の食物のみ、動物由来のといった食事への切り替えは、細菌叢に変化をもたらすことが分かっている。しかし、それは食事を変えた期間しか持続しなかった。
◾私たちの身体内外に存在する遺伝子の99%が細菌由来で、残りの1%がヒト由来ということになる。
◾腸内細菌の遺伝子の数が多い群では代謝が活発で、少ない群では肥満や糖尿病、動脈硬化、高血圧と関連した所見の集合である代謝症候群の傾向が見られた。
一方で、代謝活動を上げる食事療法が腸内細菌の遺伝子数の上昇をもたらしたという論文もある。
抗生物質の過剰使用や帝王切開など、現在よく見られる医療とともに、ヒトは古いマイクロバイオームの世界と未踏の現代世界の間に横たわる無人地帯(ノーマンズランド)へ入りつつあるのかもしれない。
◾街が大きくなり、貿易や交通を通して行き来が多くなるにつれて、人類に生来的に寄生していた微生物ーーその大半は風土的か潜伏感染するものであったーーに加えて、自己保存のために大規模な人口を必要とする伝染性の病原体が繁栄していった(➡️ワクチン開発、抗生物質の発見)。
◾皮肉なことに、私は病院が危険な場所になりうることを知っていた。ベッドから落ちる患者や、間違った薬を処方される患者、新たな感染症に罹る患者もある。
◾肺炎や産褥敗血症、髄膜炎、その他重篤感染症で来院する少数の患者に抗生物質を投与することを問題にしているわけではない。しかし、鼻水が出る、あるいは皮膚の軽い感染症などで受診する無数の健康な人への抗生物質投与については疑義を呈したい。
問題は子どもの世代。予想もできない脆弱性を抱えることになる。
◾こうした(家畜に対する)治療量以下の抗生物質による効果を、彼らは「成長促進」効果と呼んでいる。
◾「成長促進」には常在細菌が必要。
◾オキシテトラサイクリン(ヒトによく使われるテトラサイクリンに近い抗生物質)とスプレプトマイシンは、有機農法のリンゴやナシ栽培にも使われている。ベト病と呼ばれる果樹の病気と戦うためである。
◾さらに抗生物質耐性菌は、肥料や土壌のなかに混入することで、生態系における耐性の集積にも貢献している。
◾家畜から魚介類や果実まですべてを集中的に生産するシステムを持っている近代農業は、抗生物質耐性菌と同時に抗生物質そのものを直接ヒトに持ち込む。
◾成長促進効果。若年時に摂取した抗生物質が家畜を太らせ、その成長過程に変化を起こすならば、私たちの子どもに抗生物質を与えるときにも同じことが起きるのではないだろうか。
抗生物質の過剰使用や出産のあり方の変化、山ほどの薬剤の家畜への投与は、敵であるか味方であるかにかかわらず、私たちの細菌に影響を与える。細菌の喪失➡️肥満、若年性糖尿病、喘息、その他の病気といった現代の疫病を引き起こす?
◾胃常在細菌の構成変化によって、免疫系の神経質な振る舞いが増えているように見える。
◾ピロリ菌の喪失に関連した新しい病気が増加し始めている。
◾ピロリ菌の細胞毒関連遺伝子A(CagA)が多いほど胃潰瘍胃がんになりやすく、少ないほど胃食道逆流症になりやすい。
◾ピロリ菌の根絶が食道の病気の発症率を二倍に引き上げていた。
◾CagA陽性ピロリ菌は、胃食道逆流症に加え、喘息の予防にも最良の菌。
◾ピロリ菌の存在はアレルギー反応に抑制的、あるいは予防的に働くのである。
◾子どもの胃中ピロリ菌が花粉症を予防している可能性。
◾ピロリ菌に感染している人はアレルゲンに対する皮膚反応も低下。
◾ピロリ菌は免疫系、つまりアレルギー反応を抑制する人体の能力に対して、何らかの全体的な影響を与えているように見えた。
◾喘息、花粉症、アレルギー性皮膚炎という、異なるがしかし関連のある三つの病気で同様の結果が示された。
◾幼少期にピロリ菌を保持していると、宿主がゴキブリやブタクサに遭遇したときに、宿主はアレルギーがひどくなる前に免疫反応のスイッチを切ることができる。
◾ピロリ菌に対する私の考え方は、ピロリ菌は人生の前半には健康にとって利益をもたらす一方、晩年においては健康に対する障壁となる、というものである。

抗生物質を早期投与すればするほど、家畜の発育過程は変化する。最も重要な所見に、どの抗生物質も家畜の成長を促進するという事実がある。どの抗生物質もすべて効くのである。化学的組成の違いや構造の違い、作用機序の違い、標的細菌の違いにもかかわらず、である。
それは、抗生物質が一般的に細菌に与える影響が家畜の体重増加に寄与していることを示唆する。
◾この結果は、よりよい栄養と清潔な水に加えて抗生物質投与が、ヒトの身長に影響を与えることを部分的に説明する。
◾私たちは治療用量以下の抗生物質投与が、おそらくそれが低用量であるがゆえに細菌の多様性に明確な影響を与えないことを見出した。
◾興味深いのはそこからだった。糞便か盲腸内容物かにかかわらず、治療容量以下抗生物質の投与は腸内細菌の人口構成を変えた。それは、腸内細菌の機能をも変える。
◾ある種の大腸内細菌が未消化食物を消化し、短鎖脂肪酸に変える。それが大腸で吸収される。短鎖脂肪酸の割合は、私たちが毎日摂取するカロリーの5~15%に達する。細菌がこの「未消化の」食物からより効率的にカロリーを抽出すると、宿主はより多くの栄養を得ることができる。その結果宿主が太るのかもしれない。
抗生物質投与群の肝臓は脂肪を産生し、また、太った動物の末端へそれを届ける遺伝子を多く発現していた。
◾この実験でローリーは、抗生物質投与が誘発する発達過程の変化が、細菌の変化のみによって達成されることを証明したのである。
◾アモキシシリン投与群では大抵細菌の種類の多様性は元に戻った。しかしタイロシン投与マウスでは、最後の抗生物質投与から数ヶ月経っても多様性は回復しなかった。
◾若年性糖尿病は帝王切開によって生まれた子ども、背の高い男の子、生後最初の一年間に体重が大きく増えた子どもに多く発症する。
抗生物質の投与回数が多いほど、セリアック病発病リスクは高くなった。抗生物質メトロニダゾールを処方された人は、投与されなかった人に比較してセリアック病発症の危険性が二倍も高かった。
◾ピロリ菌は、セリアック病発症以前の生後早期に感染する。私たちはまた、ピロリ菌が免疫を抑制することを知っている。ピロリ菌は、制御性T細胞を介してアレルギー反応を抑制する。制御性T細胞は免疫反応を抑えたり、そのスイッチを切ったりする細胞である。ということは、ピロリ菌根絶は、この現代の疫病にも寄与しているのだろうか。(➡️セリアック病の兆候を持つ人のピロリ菌感染率は低かった)
◾細菌の多様性喪失によって起こる考慮すべき別の状況は、慢性で虚脱性の腸疾患、いわゆる炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎クローン病)である。
自閉症患者の脳は、そうでない人と先天的に違う。複雑な相互作用、とくにニュアンスや非言語的な合図を介した他人とのコミュニケーション能力が障害されている。
私の仮説は、腸内細菌が脳の初期発達に関与しているというものである。
腸の神経内分泌細胞は、体内セロトニンの80%を産生している。腸管細菌の多くは、脳が正常に機能するための物質も産生。
◾私の中心的考えをくり返しておくと、それは、常在菌が繁栄するにしたがい、ヒトはそれら細菌とともに、代謝、免疫、認識を含む集積回路を発達させる、というものだ。ところが私たちは、常在菌へのこれまでにないほどの激しい攻撃に直面している。
幼少の成長期にマイクロバイオームの構成が変化を被ることがその原因ではないだろうか。
◾少なくともマウスでは、数ある抗生物質のうちどれに対する暴露であっても、ときに致死的である感染への感受性を増加させる。
◾ボンホフとミラーが何十年も前にマウスで示したように、抗生物質への暴露によってヒトはサルモネラ感染により感受性が高くなることが示唆されたのである。
◾しかし感染に対する感受性の増大は、抗生物質使用の隠れたコストのひとつなのである。
抗生物質がヒト常在菌にどのような長期的影響をあたえているのか(本書の主要な問題意識)。
◾一週間の抗生物質治療が耐性菌を三年以上にわたって持続させ、しかも抗生物質そのものの標的菌から遠く離れた場所で存続させる。
◾しかし抗生物質治療群では、治療前に存在していた細菌の多くは消え、他の菌株の細菌によって置き換わっていた。
◾肝心なのは、一度そうした稀な細菌がゼロになってしまえば、決して元に戻ることはないということである。
◾こうした大増殖に対する引き金は、宿主がある食料を初めて口に入れ、その食料に対する消化酵素をその稀少細菌のみが持っていたような場合に引かれうる。
◾細菌の研究は、人々が常在細菌の15~40%と、それが持つ遺伝子の多様性を失っていることを示している。
◾私が心配しているのは、抗生物質が効かなくなるということだけでなく、内なる生態系崩壊のために、無数の人々が病気に罹患しやすくなるということである。
◾腸内細菌の攪乱がこうした病気の根っこにあるとすれば、糞便移植によって腸内細菌を回復することが解決策となるという考え方は正しい。
抗生物質は、人間に被害をもたらさない細菌にも影響を与える。現在二分の一から三分の一の出産がそうである帝王切開もそうだ。自然な細菌叢を変化させることは、複雑な結果を生み出すに違いない。

◾本書翻訳開始の少し前から、私たち長崎大学熱帯医学研究所国際保健学分野の研究チームは「プー(うんち)·プロジェクト」と呼ぶ研究プロジェクトを始めようとしていた。ヒトの細菌叢が完全に変化し稀少な細菌が消えてしまう前に、世界各地から糞便を集め、そこに常在する細菌叢を液体窒素のなかで保存し、次の世代に手渡すというプロジェクトである。
◾タンパク質は加熱することによって栄養を摂取しやすくなった。加熱調理された肉の消化に必要なエネルギーは生肉のときより少なくなる。
◾生物相=動物相、植物相、微生物相(マイクロバイオータ)
◾「叢=Flora」。以前は細菌は植物相に含まれるとされたため、細菌叢と言われたが、現在は微生物相と分類されるため、細菌に叢が用いられることはなくなった。