土と内臓

◾肥沃な土壌は地質学と生物学の境界、風化していく岩の破片と腐食した有機物が混ざり合ったものだ。
◾緑に満ちた庭を作るには、目に見えない土壌生物を育てる技術が重要。
◾アンのマルチの配合は、堆肥作りの経験則におおざっぱに従った、場当たり的なものだった。炭素が豊富なもの(木材チップや落ち葉)約30に対して窒素を多く含むもの(コーヒーかすや刈り取った草)1の割合で調合するのだ。正確な割合はさほど重要ではなく、炭素を多く含むものと窒素を多く含むものを覚えて、前者を後者より多く使うことが肝心だ。
◾手品のように消える有機
·土の色が濃くなったのは、有機物が分解されてフミン酸になったからだと、私は推測した。平均して、腐りかけた有機物中の炭素のおよそ半分が、養分豊富だが腐りにくい混合物となって土壌の中にとどまり、自然界にある何よりも肥沃度を高める。もう半分は腐食過程で大気中に失われる。
·有機物を加えたことで、土壌を肥やすだけでなく、新しい住人を呼び寄せたーーキノコ、土壌動物、甲虫、そしてあとでわかったことだが、目に見えない小さな生物の世界を。
·それでも土の色が濃くなるにつれて穴堀りが楽になり、新しい庭で消える有機物と爆発的に増える生物とのつながりがわかり始めたのだった。
·アンが土に与えた堆肥、マルチ、土スープのすべてが、いかに肥沃な土壌を作るか
·園芸家のように考えることが、人類が肥沃な土壌を使い果たすことなく、そればかりかはるかに大きな規模で作りだしていくのに役立つなどということがありえるのだろうか?
·庭は、地球の生命の車輪を回す再生と死の循環という小宇宙になった。
·生物が庭にやって来る順番は、微生物や菌類から始まり、ミミズ、クモ、甲虫、そして鳥まで、生命が地球上で進化した順番を再現している。
·私たちの足の下や目の前でくり広げられたことは、陸域生態系の根本的事実、つまり、微生物がそのすべてを支える土台であることを示してくれた。
·自然とつながろうとする本能。自然の小さな断片、つまり庭の世話をすることは、他に類のない形で、この本能を呼びさます。食用、慰安、観賞用、楽しみとして植物(そして動物)を育てることは、文明そのものと同じくらい昔にさかのぼる。
◾第2章
·微生物の五つの類型➡️古細菌、細菌(抗菌剤)、菌類(抗真菌剤)、原生生物、ウイルス(抗ウイルス剤)
·砂漠や極地のように温度や湿度が低い環境=有機物が少なく微生物の多様性が低い。
·地上の生態系と同様、地下で一種類が減ると全群衆に波及して、劇的な変化ぎ起きることがある。
·細菌は地球の高い天井である高層大気を巡り、雲の水滴の中で増える。また古細菌は、深海底に開いた煮えたぎる噴出孔付近に棲む。
·動植物は、冒険心にあふれる微生物が新世界の探検に出発するための、宇宙船のようなものだと考えてみよう。
·生命があるところには必ず微生物がいる。
◾3
·微生物は人間のためになることも、ためにならないこともするのだ。
·ドメイン
古細菌ドメイン=古い微生物をほとんど含む
細菌ドメイン=昔からの普通の細菌を含む
真核生物ドメイン=人類、動物、植物を含めた残りの生物すべてを含む
·生命の樹は微生物が支配しているのだ。
·ウイルス
生き物ではなく、細胞でできていない。タンパク質の層にくるまれたDNA(またはRNA)の小さな包み。生きた細胞の中以外で繁殖できず、そこで宿主のDNAを乗っ取って自分のコピーを作らせる。第4のドメイン
◾4
·古細菌が細菌と合体➡️やがて真核生物に。
·すべての多細胞生物は単細胞の生命体、主に細菌が物理的に合体して発生したと、マーギュリスは提唱した(共生的相互作用および共生的関係、シンビオジェネシス)。
私たちやその他すべての多細胞生物は、大昔に種類の違う微生物、主に細菌との共生関係として始まった。
·ウイルスは、そのような融合の産物ではない。基本的要素以外すべてを失って、宿主細胞の中で生きて複製するしかない野放しのゾンビDNAやRNAの塊にすぎなくなった。
·マーギュリスは微生物の進化を、ことなる形態の生物が上へ上へと積み上げられていくブロック玩具のような過程だと考えた。
·多細胞生物の初期の進化は、マーギュリスの考えでは、さまざまな微生物から部品を集めて新しい生物を作るような過程だった。
·長い目で見て、相互の利益になる抑制と均衡を持った微生物群衆は、個別の細菌が自力で手に入るものよりも安定した環境を提供するのだ。
·私たちは、遺伝子の三分の一以上を細菌、古細菌、ウイルスから受け継いだのだ。
◾5
·植物は土から吸い上げた水と空気中の気体、それと少量の鉱物由来の材料を合成して自分の身体を作っている。
·ド·ソシュールは、植物が液体の水と気体の二酸化炭素を太陽光の下で合成して生長することを実証(光合成)。
·植物は炭素を土壌の腐食質から吸い上げるのではない。空気から取り出しているのだ!
·地球の大気の約80%は窒素で、植物は微生物の力を借りて、これを空気中から取り込む。カリウムは岩の中に広く存在する。しかしリンは非常に少なく、特定の岩石(と、腐りかけた有機物)にしか含まれない。
·盛んに生長する植物と害虫や病気にやられてしまう植物があるのはなぜか(ハワード)。
◽化学肥料はステロイド
·ハワードは、農薬は症状に対処するが、原因には対処できないと信じ、農家は違う戦略ーー植物が自然に持つ防衛システムを理解し助けてやることーーを必要としていると考えた。
·微生物が有機物を分解して、植物の健康を維持するために重要な栄養を運んでいるのは確実だと思っていた。
·インドール式処理法の肝は、植物性廃棄物と動物性廃棄物を混ぜて堆肥を作ることだ。
結果は見事なものだった。
·堆肥造りは個々の農場やプランテーション所有者やその土地には意味があるかもしれないが、農家や園芸家を将来にわたる顧客として必要としている新興産業にとっては、合理的なビジネスモデルではなかった。一方ハワードは、複雑な生物学的問題に対して小手先だけの化学的解決法を売りつける企業を、遅れていると考えていた。
植物病理学者も、寄生虫が堆肥の中で生き延びて作物を壊滅させると恐怖を煽った。堆肥に頼った農場には害虫がはびこるだろうと主張した。なにしろ堆肥は腐りかけた植物と動物の糞便でできているのだから、問題と疫病のもとであることは間違いない。そんなこんなで、技術的進歩のあとを追いかけている世界に、ハワードの見方はほとんどいなかった。
·病原体は堆肥化で死滅することが証明された。ハワードの考えでは、広く行きわたっている堆肥への恐れは、単純明白に事実無根だった。
·それでも、現代の有機農業·園芸農業の起源は、ハワードの研究から直接始まるものだ。堆肥を用いて熱帯の土壌に肥沃度を復活させる実験から、ハワードは化学肥料を、長期的な土壌の肥沃さや植物の健康と引きかえに短期的な能力を高める農業のステロイド剤として見るようになった。
·有機物は微生物と菌類という触媒に栄養を与え、それらがかつての生物を新たな生命の基本成分へと再び循環させるのだ。
·ハワードは農芸化学的手法がやがては必ず失敗すると考えるようになった。
·化学肥料によって徐々に土壌が汚染されつつあることは、農業と人類にふりかかった最大の災害の一つである。
·土壌の肥沃さを永久に保つ秘訣➡️植物性と動物性両方の廃棄物(作物の刈り株と畜糞)を使用し土壌微生物の成長を促すこと。
·結局ロザムステッド実験が示すのは、堆肥が土壌肥沃度を高めるのに対して、化学肥料はその場しのぎの一時的な代用品であるということだ。
·ペルー、中国、日本、インド、いずれの場合も生産性の高い農業を代々続けられる秘訣は、有機物を土に戻すことにある。
·東洋の一般的な農場は規模が小さく、堆肥を畑に戻すのが容易だ(西洋は広い土地、単一栽培、農薬と化学肥料への依存という傾向)。
いずれの国もマメ科植物を広く輪作に取り入れている。西洋科学がマメ科植物の根粒に棲む微生物に窒素固定の役割があることを発見するはるか昔から、世界中の農民は経験からマメやクローバーが土を肥やすことや、有機物が肥沃度の維持に役立つことを知っていたのだ。
·堆肥が菌根菌と植物の根との関係を刺激するのではないか。
·菌根が植物と土壌が持つ栄養とのあいだに橋渡しをしたからだと、ハワードは考えた。
·私たちは、ある土壌菌が作物の根と土中の腐植を直接に結びつけるという共生の顕著な実例を扱うことになりそうだ。
·土壌中の腐植が植物に直接影響するのではないことを、ハワードは理解した。微生物という仲介者の活動を通じてそれははたらくのだ。
·化学肥料が作物の病害の発生率を上げるメカニズム➡️土壌中の生命の破壊、特に菌根と植物の関係の阻害が問題の中心。
·有機物を土に返すという道
·土壌の化学的組成ももちろん重要だが、植物が栄養をどのように取り入れるか、取り入れ可能かどうかも同じくらい重要だ。
·土壌生態学=土壌肥沃度の基礎。
◾6
·つまり、植物は有機物を直接吸収していなくても、有機物を養分として分解する土壌生物の代謝産物を吸収しているのだ。
·土壌有機物は、土壌を肥沃に保ち植物に栄養を与える重労働を担っているのだ。
·菌類と細菌は土壌生物集団の土台であり、地下世界の仲介者の中心だ。
·病原性の菌類ばかりが注目されているが、近年役に立つ菌類がようやく評価されるようになった。
·死んだ微生物は土壌有機物の最大80%を占めている。
·腐植は豊かで肥沃な土壌の目印
·植物の世界は、人類が登場するはるか昔から自給していた。植物は不要になった部位を地上に落とし、あるいはそれが枯れた根であれば地中に残す。飢えた土壌生物はこの有機物の恵みを食べ、その過程で死を、植物が必要としながら光合成では得られない元素や化合物に変える。これは壮大な規模の共生だ。
·土から植物、動物まで広がる生命の絨毯。動植物の死は微生物界の繁栄の礎。地下の土壌の生命は陰、地上の生命は陽。
·植物の根と土壌生物との特殊化した大昔からの関係を、私たちは理解しはじめたばかりだ。
·非病原性の微生物の密度が高い土壌は、密度が低いものと比べて、植物の生長や健康に有利に働く。「発病抑止」土壌。
·すべての植物にはマイクロバイオームがあり、唯一無二の微生物群を住まわせている。動物にもある。
·微生物群集の特定の組成が、植物の耐病性に影響する。
·植物には特定の微生物を引き寄せる力がある(根滲出液の特定の成分による)。
·窒素固定細菌が供給する植物が利用可能な窒素の量は相当なもの。コムギやトウモロコシに使われる化学肥料を十分埋めあわせるもの。工業的に生産される窒素肥料が発明されるまで、植物内のほとんどすべての窒素は、大気中の窒素を植物が利用できる形に変える細菌に由来するものだった。細菌によって得た窒素は、植物➡️土壌➡️動物へとくり返し循環。
·ここで自然の商品ーー植物が作る炭水化物と菌類が手に入れた無機栄養素ーーが交換され、地下経済が形作られるのだ。
·広範囲に効く殺生物剤がよいものも悪いものも一緒に殺してしまうと、真っ先に復活するのは悪者や雑草のようにはびこる種だ。この根本的な欠陥によって、農薬を基礎とした農業は中毒性を持たされているーー使えば使うほど必要になるのだ。販売店や中間業者にとって、これは商売としてうまみのあるものだが、客にとっては長い目で見て逆効果だ。そして農業の場合、私たち全員に影響が及ぶのだ。
◾7
·細菌の門は約50。全人類の腸の中だけで12門に属する種が棲息。動物の大多数は9門。人間をはじめ脊椎動物ーー魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類ーーはたった一つの門、脊索動物門にきれいに収まる。
·免疫細胞はGALT(腸管関連リンパ組織)に集まっている。
◾8
·GALT以外の免疫系に大きな役割を果たすもの。
クルミ大の胸腺は胸骨のすぐ下に位置し、免疫細胞を一種類作り出す。骨髄はそれ以外の免疫細胞の源だ。そして左上腹部の肋骨の下には、こぶし大の脾臓がきっちり収まり、血液を濾過して異物の分子を取り除いている。
·マイクロバイオームの混乱が、多くの慢性疾患と自己免疫疾患にかかりやすくなる根本的原因の中にあるようだ。
·T細胞は胸腺で生まれる。
·B細胞は骨髄から誕生。
·T細胞の中の2種類、Th17細胞(炎症を激しくさせる)とTreg細胞(炎症を抑える)のバランスが失われると、炎症を誘発するがんだけでなく、自己免疫疾患や潰瘍性大腸炎のような炎症性疾患の原因にもなる。
·虫垂(小腸から大腸への変わり目にある)の機能。このよどんだ場所は、消化管の洪水のような環境からの安全な隠れ場所を共生生物に提供する。病原体を排除するために下痢が起きたあとで、共生菌を供給してすぐに再定着できるようにしているのだ。
·もっとも肝心なのは、進化の過程を通じて、共生生物は私たちの免疫系に、自分たちが病原体でないことを教えてきたことだ。
共生生物が提供する情報は、免疫系が不要な炎症を引き起こさないようにするのに役立つ。
◾9
·弱められた生きたウイルスは、一般に同じ株の死んだウイルスより病原性が強いと考えられる。
·ポリオワクチチンの場合、生きたウイルスを使うか死んだものを使うかの判断が、人々の生命と人生に重大な意味を持っていた。
きわめて病原性が高いが「殺した」ばかりのウイルスで作るワクチン(ソーク)か、病原性が低い株を殺さずに弱毒化したものからつくるワクチン(サビン)か。
·無論、当時は誰一人として、免疫細胞の存在を知らないし、まして樹状細胞が病原体から抗原を拾って獲得免疫細胞を活性化させることなど知るよしもない。
·ジェンナーは、病原性の弱い牛痘を人間に用いて、きわめて病原性の強い天然痘を予防する方法を発見した。ここにワクチンの成功の鍵がある。病原体から病原性を取り去りながら、免疫反応を引き起こす特徴は維持するのだ。ジェンナーの成功の秘密は、獲得免疫細胞、すなわち病原体に初めて遭遇すると、その特定の分子指標を記憶·認識する能力を持つ細胞を刺激したことにあると、今ではわかっている。ジェンナーは、サビンとソークを対立させた板挟みに直面することはなかった。牛痘で人が死ぬことはないからだ。
·ジェンナーの友人の外科医が、ラテン語で「牛」を意味する「ワッカ」からこの用語(「ワクチン」)を作ったのだ。
·センメルワイスの成功は医学会を激怒させた。産褥熱の蔓延を衛生状態の悪さと結びつけたことで、センメルワイスは医師を責めたてただけでなく、病気は「悪い空気」から発生するーー古代からの障気論ーーという医学知識にケンカを売ってしまったのだ。その衛生規範(手洗い)は実際に効くことを実証したものの、どのようにしてそれが効くのか、センメルワイスには正確に説明できなかった。
·今日、旧来の通説やパラダイムに反する新しい知識への手のつけられない拒絶を、哲学者は「センメルワイス反射」と呼んでいる。
◾10
·パスツールは研究を、微生物を利用してまさにその微生物が引き起こす病気を治療する可能性へと移した(弱毒化した変種を使ったワクチン)。
·パスツールは狂犬で実験を行ない、弱毒株を接種すれば重大な症状の発生を防げることを明らかにした。
◽(p224)1885年7月6日の月曜、マイスター少年狂犬に襲われ、太腿、脚、手が噛み傷で肉がずたずたに。狂犬に噛まれる=死の宣告。パスツールの実験の成功はイヌで人間はまた別問題。何人かの医師に相談しても、全員一致で生存可能性0。
そこでパスツールは、少年に弱毒性狂犬病ワクチンを10日間で12回接種した。最後の日、パスツールはマイスターに、新しく採取した病原性の高い株を接種し、この治療で実際に免疫が与えられたかどうかを試験した。
少年は狂犬病にはかからず、そして驚くことに、犬の噛み傷からの感染症にもやられなかった。傷はふさがり、2ヶ月後には少年はすっかり健康を取り戻した。
·コッホは病原性の幅、弱めた病原体からワクチンを作ろうとするパスツールの中心原理を拒絶。
·パスツールは、病原性の変化が突然流行する伝染病の説明だと信じた。フランス学派は免疫とワクチン開発に集中。
·細菌論の基礎となる4つの原則(コッホ)
1.病気にかかったものの体内からその微生物が常に見つかること。2.その微生物は宿主から分離され、純粋培養されること。3.培養した微生物を感受性のある宿主に戻すと同じ病気を起こすこと。4.意図的に感染させた宿主から回収した微生物は、最初のサンプルのものと一致すること。
この4つすべてを論証できたとき、微生物と病気との因果関係が立証できたと断言できるのだ。
·病気のもとになる病原体の特定をコッホは一貫して重視していたこと、そしてパスツールとは違い、有益微生物を扱った経験がほとんどないことから、自分が培養しているのは微生物の世界のごく一部であることに、コッホはまったく気づいていなかったのではないかと思われる。
·今日、簡単確実に培養できる微生物はごく一部にすぎないことを、微生物学者は知っている。
·1931年の電子顕微鏡発明で、ウイルスが発見される。
·(p238)抗生物質でヒトの病原体を殺そうとする過程で、自分のマイクロバイオームの改変まで引き起こしてしまった。
抗生物質の効果に関する最新の知見は実に衝撃的だ。オレゴン州立大学の研究者は、マウスの実験で、抗生物質が殺しているのは細菌だけではないと報告した。それは大腸内壁の細胞も壊しているのだ。どのようにして抗生物質が哺乳類の細胞を殺すことができるのか?細胞一つひとつにある小さな発電所ミトコンドリアにダメージを与えるのだ。大昔、ミトコンドリアは独立した細菌だったことを思い出してほしい。ミトコンドリアのルーツが細菌であることが原因で、ある種の抗生物質に弱点があるらしいのだ。
◾11
·メチニコフの発見までは、細菌が炎症を起こすと考えられていた。メチニコフの報告により、この認識は逆転したーー食細胞が細菌と戦うときに炎症を起こすのだ。彼の考えでは、炎症は生物が健康を保つ上で欠くことのできないものだった。今日の私たちは、それが正しかったことを知っている。
·ノーベル賞受賞の前後数年間、メチニコフは、大腸に棲む微生物の構成を変えれば寿命を伸ばせるという考えに取りつかれるようになった。
·細菌論にすっかり染まっていたメチニコフは、微生物の見方を変えた。微生物はすべて悪いわけではない。中には人間の役に立つものもいるのだ。メチニコフの考えの中で大腸は下水から宮殿へと昇格した。この転換は、現在私たちが知っているプロバイオティクス治療のさきがけとなるものだ。
·趙の考えはこうだーー欧米式の食事は内毒素を作り出す細菌の数を増やす。内毒素は消化管から漏れだし、血流に乗って身体の各部を巡る。これが免疫細胞の注意を喚起し、全身性炎症が起きる。最終的に、この過剰な炎症が代謝を変化させ、肥満の下地となる。
·最後のハードルを越えた趙は、肥満が二つの要因、高脂肪の食事と、腸内細菌が生成して血液中を循環している内毒素の組み合わせによって起きると結論づけた。
·全粒穀物の中で、被験者が食べたのはハトムギ、ソバ、オートムギだった。中国の伝統的な薬効食品にはニガウリが選ばれ、プレバイオティクスにはペクチンオリゴ糖(食物繊維のもと)が入った。
·食事を変えることで内毒素生産菌の支配を、ひいてはその肥満への寄与を終わらせることができると、趙は結論した。
·オランダの実験。痩せた人の腸内細菌を肥満者に移植すると痩せるが、食事を変えないと3ヶ月後には元通り。
·胃は溶解器(ph1~3)、小腸は吸収器(4~5)、大腸は変換(発酵)器(7)。微生物群集は互いに川と森ほど違っている。
·動物と人間両方の研究から、特に三種のSCFA(短鎖脂肪酸)ーー酪酸、酢酸、プロピオン酸ーーには薬効があることがわかっている。
·そして、SCFAは腸管壁浸漏症候群への天然の薬でもあることがわかっている。それは、大腸内壁の細胞の間隔を密にする。こうすることで、内毒素が血流に入りこんで全身に炎症を起こすことが防がれる。
·酪酸は樹状細胞とマクロファージを活性化させ、他の免疫細胞にも抗炎症サイトカインの放出を促進させる。
·酪酸の注腸➡️クローン病や大腸炎によって大腸が慢性的に炎症を起こしている患者の治療として行われる。
·細菌による複合糖質の発酵は、小腸内容物が最初に到着する大腸上端でもっとも活発。酪酸を作る細菌は大腸上部に、酢酸とプロピオン酸を作るものは大腸下部に棲む。
·発酵の効果は、特に大腸の上部では、SCFAの生成物で局所環境が酸性に傾くことだ。結果としてこれがpHに敏感な病原体(大部分は酸に耐えられない)を抑制する。
·多糖類を発酵させるSCFA生成菌(それが何ものだろうと)に餌を与えること!!!
◾12
·植物性(果物、野菜、豆)の食事を摂っている参加者の便サンプルでは、糖質を発酵させる細菌の数が増え、短鎖脂肪酸も増えた。この研究は、食事がマイクロバイオームを変えることだけでなく、それが非常に速く起きることも示した。
·プレバイオティクス=細菌が発酵させる多糖類の別名。
·人の主要なプレバイオティクス源は植物。人類にとって重要な穀物は、イネ科植物の種子だ。それはセルロースに富み、他の発酵性糖質も少しだが含んでいる。全粒の形で食べれば、素晴らしいプレバイオティクスになるが、精製すると単糖になって、大腸に届く前に吸収されてしまう。
·プレバイオティクス=今いるものに餌を与える
·プロバイオティクス=いなくなったかもしれないものを再び取り入れる
·実験者は意図的にプロバイオティクスを食事に入れていないのに、いくつかの型のラクトバチルスが、動物性食品のグループにいた人の便サンプルでかなり増加していた。これは昔ながらの起源であり、チーズを作ったり肉を保存したりするのに使われる培養菌だ。便の中に見つかった二種の菌類が、動物性食品のチーズと植物性食品の野菜に由来していた。
·小腸と大腸は全粒穀物を、精製穀物とはまったく違う形で扱う。全粒穀物では、糖質が他の分子と結びついたままなので、酵素が糖質を見つけて分解を始めるまでに時間がかかる。
対照的に、精製穀物は消火ホースさながらにブドウ糖を放出し、小腸はそれを律儀に吸収しては血流に渡す。するとインスリン膵臓からほとばしって、ブドウ糖を血液から細胞へと運ぶ。しかし細胞を際限なく糖の貯蔵庫として使えば、結局は内蔵へのダメージのような別の問題を引き起こす。解決のため糖は脂肪へ。
·肉を食べ過ぎると、処理しきれなくなった小腸は、半消化のまま大腸へ。細菌はそれを腐敗させる。腐敗で発生する、窒素と硫黄を含む化合物は、大腸内壁の細胞に毒による打撃を与える。また、酪酸の取り込みを阻害、細胞間のすき間は広がりだし、腸管壁浸漏症候群が起こる。
·脂肪を摂る➡️胆汁出る➡️うち5%が大腸へ➡️大腸細菌相が胆汁を二次胆汁酸という極めて有害な化合物に変える。脂肪を摂るほど二次胆汁酸が増える。
·ハイジの皿。中くらいの大きさの皿を選び、野菜、豆、葉物野菜、果物、未精白の全粒穀物を使って食事を作る。好みで肉を加え、健康にいい油(オメガ3脂肪酸、オリーブオイル等)を少し野菜の脇に垂らすか上に振りかける。デザートと甘いものは特別のものだ。だから特別の機会のために取っておこう。
·健康な食事の鍵はバランスに多様性ーーそして精製炭水化物をはずすことーーといたってシンプルだ。
·繊維の好きな細菌を優位に立たせておくためには、大釜を毎日、発酵性の食物で満たし、自分にとっていいものであふれかえらせることだ。
◾13
·人の健康を保つ秘訣は、有機物を農地に戻して、農業のやり方を自然の分解と再生のサイクルにならったものにすることにあると、ハワードは確信をもった。土壌細菌と菌根菌が、植物に欠かせない栄養素を供給するのは確かだったが、植物が滲出液を作り、それと交換で微生物から別の栄養を得るとはハワードは思っていなかった。
·有機物と土壌生物は、植物、動物、人間の健康の根底にある土壌肥沃度の基礎をなすのだ。
·植物は生長するにつれて、天然に存在する鉱物元素、たとえば銅、マグネシウム亜鉛なども取り込む。やがて、窒素、リン、カリウムだけ補充されても微量元素は補充されないので、食品中の栄養素が少なくなるとアルブレヒトは主張した。言い換えれば、化学肥料の集中的使用によって収穫量は増えるが、その作物はミネラルに乏しいかもしれないのだ。そして植物でも人間でも必須ミネラルが不足しているということは、カロリー不足と同様にそれは栄養失調ということだ。
·微量栄養素ーー銅、マグネシウム、鉄、亜鉛などーーは、植物の健康と、植物を食べるものすべての健康の中心であるフィトケミカル酵素、タンパク質を作るために欠かせない元素だ。微量栄養素欠乏(ミネラル欠乏)は目に見えない飢餓のようなもので、現在カロリー不足よりもはるかに多くの人を蝕んでいる。
不耕起栽培では、くわで耕すのをやめて、代わりに地面に穴を開けて種を植え、前に栽培した作物の残渣を畑に残すことで侵食を減らして土壌有機物を増やす。この農法は土壌生物への物理的な衝撃もかなり減らし、有益な菌根菌を増やす。この農法で育てたジャガイモは病原性の菌類に影響を受けにくい。
·1928年、土壌科学者から抗生物質ハンターに転じた人物としてすでに紹介したセルマン·ワクスマンは、無機窒素、リン、カリウムを施すと微生物が土壌有機物を分解するペースが三倍以上になることを記録している。そしてほぼ10年後の1939年、ウィリアム·アルブレヒトは、50年間化学肥料を与え続けた試験区の有機物濃度を測定し、やはり無機肥料を加えると土壌有機物が減ることに気づいた。
·農薬を過剰にしようすると、悪玉に餌をやり善玉を飢えさせることになるのだ。
·これにより、根圏微生物相を操って病原体を抑え、植物の健康を増進させる道が開かれる。それどころか微生物との共生には、殺虫剤や化学肥料を減らし、あるいはそれらに取って代わり、そして集約的な農業を維持できるようにする、とてつもなく大きいのにおおむね見過ごされている潜在能力があるのだ。この点で、医学分野のプロバイオティクスやプレバイオティクスと共通している。
·農業の文脈では、微生物の餌はバイオティック肥料(プレバイオティクス➡️有機物·堆肥·マルチ)と呼ばれている(生物(バイオ)肥料と混同しないように。後者はプロバイオティクスに相当する生きた微生物のことだ)。
·バイオティック肥料を使ったやり方で特に興味深いのが、土の中にいるある種のシアノバクテリア(藍藻)の成長を促進するものだ。シアノバクテリアの何が特別なのか?それは光合成ができ、その上空中窒素を固定できるのだ。
·人間界と植物界は共通する主題を持つーー微生物との活発な伝達と交流だ。
·発酵性糖質を食べないと、腸内細菌の中には敵に回って腸の粘膜被覆を食べ荒らすものがいる。
·私たちの微生物のパートナーが、私たちが食べたものを材料にして有益な化合物や防御物質を作る様子は、根圏微生物相と根の相互作用にそっくりだ。
·有機物を分解する土壌生物は、栄養が植物へと滞りなく流れるようにする。これは、大腸内の細菌が複合糖質を有益な化合物(SCFAのような)に変えるのを思わせる。いずれの場合も、植物性有機物に富む食事が、健康と繁栄に欠かせない重要な栄養をもたらす。一方、単純糖質と単一の無機質肥料は生長を速めるが、植物のーーあるいはそれを食べる人間のーー健康の土台となる栄養をすべて供給するわけではない。
·いずれの場合でも、根あるいは腸との目に見えない境界線にある土壌の質と、それを私たちが汚染するのか、無視するのか、涵養するのかが、植物と人間どちらの健康にとっても大きな意味を持つのだ。
◾14
·足元の土の中と腸の奥深くに棲む善玉を殖やせばいいのだ。
·人間とは古いつき合いの微生物と協力するということは、長期的な思考によって短期的な行動を左右するということだーーこれは理屈では簡単だが、実行は相当厄介なことがある。信念を手放すのは難しい。それが親、広告代理店、社会全体によって強化されたものである場合は特にそうだ。
·細菌への毒性を高めようとするほど、世代交代の速さと身を守る形質を気安く手渡しできる能力によって、細菌の耐性は高まった。人間は細菌との戦闘には勝てるかもしれないが、このやり方で戦争に勝つことはできない。別の戦略が必要なのだ。
·人工甘味料がマウスや人間のブドウ糖代謝を変えて、腸内細菌バランス異常を引き起こすことを、新しい研究が証明した。人間の微生物相はそれが砂糖によく似ていると判断するらしく、人工甘味料は二型糖尿病と肥満への裏口なのではないかという疑問が残る。
·細菌が人間の免疫系と情報伝達して、病原体を撃退するために炎症を精密に配分し、また有益な共生微生物を補充するのを助けているという考えは、なおさら信じられなかっただろう。
·微生物に対する考え方を変えるのは、微生物の見方を変える第一歩だ。結局、視覚は能力だが、見方は技術であり続けるのだから。
·食べたものが養分となって、私たちのマイクロバイオームの代謝を形作り、それが今度は私たちの健康をーーすみからすみまで、よかれ悪しかれーー形作る。
·自分のマイクロバイオーム、つまり免疫系の生きている基礎を考えて食べることだ。腸内微生物相談に複合糖質が十分届いていれば、健康が手に入るのだ。
◾訳者あとがき
·抗生物質の乱用は薬剤耐性菌を生み、また体内の微生物相を改変して免疫系を乱して、慢性疾患の原因になっている。
·実は、土壌中の有機物は植物そのものではなく土壌生物の栄養となり、こうした生物が栄養の取り込みを助けて、病虫害を予防していたのだ。