あなたの体は9割が細菌

◾あの一連の抗生物質は、私を苦しめていた細菌を全滅させただけでなく、もともと体の中にいた細菌まで絶滅させてしまったのではないだろうか。
◾あなたの体のうち、ヒトの部分は一〇%しかない。
あなたが「自分の体」と呼んでいる容器を構成している細胞一個につき、そこに乗っかっているヒッチハイカーの細胞は九個ある。あなたという存在には、血と肉と筋肉と骨、脳と皮膚だけでなく、細菌と菌類が含まれている。あなたの体はあなたのものである以上に、微生物のものでもあるのだ。
◾共生微生物のアンバランスが胃腸疾患、アレルギー、自己免疫疾患、さらには肥満を引き起こしているという科学的証拠が続々と出てきている。
◾私たちが人生の一部として甘受している病気の多くはどうやら、遺伝子の欠陥や体力低下のせいではなく、ヒト細胞の延長にある微生物を軽んじたせいで出現した、新しい病態のようなのだ。
◾私の腸内細菌の多様性は相対的に低く、二大勢力に属する細菌の占める割合がほかの参加者よりも多かった(平均90%、私97%)。これは私が使っていた抗生物質が少数派の菌種を絶滅させ、それに耐えた菌種だけが残った結果なのだろう。この多様性の喪失が、ここ数年の私の体調不良に関係があるのかもしれないと私は思った。
◾無差別攻撃で微生物環境を壊してしまったことが私の近年の体調不良の原因なら、それを元に戻すことでアレルギーや皮膚のトラブル、年がら年中の感染症から抜け出すことが出きるかもしれない。

◾ヒトマイクロバイオーム·プロジェクト
私達自身のゲノムを調べる(ヒトゲノム·プロジェクト)のではなく、人体に棲む微生物のゲノムの総体ーーマイクロバイオームーーを調べて、どんな微生物種が存在しているのかを見つけ出そうという計画。
◾胴体右下の袋状の盲腸は、消化管の微生物共同体の心臓部。盲腸から垂れ下がる虫垂は、免疫系に必須の部位で、微生物共同体を守り、育て、情報を伝達し合っている。人体が微生物のために用意している隠れ家。食中毒や感染症で荒らされた消化管はその後、虫垂に隠れていたいつもの微生物でふたたび満たされる。
◾ヒト細胞と共生菌がどのくらい相互作用しているかがわかるようになったのは、1990年代後半に分子生物学の手法が使えるようになってから。
◾生物の分類群
ドメイン、界、門、綱、目、科、属、種、株
ヒト(ヒト属サピエンス種)大型類人猿(ヒト科)霊長類(サル目)哺乳類(哺乳綱)脊髄をもつ動物群(脊索動物門)動物全般(動物界)真核生物ドメイン
細菌その他の微生物(ウイルス除く)は、真核生物ドメイン内の動物界とは別の枝か、あるいは別のドメイン(古細菌ドメイン真正細菌ドメイン)に属する。
◾マイクロバイオータは腸の形態まで変える。微生物がいる腸壁では指状突起が長く伸び、食物からエネルギーを得るのに必要な表面積を増やしている。微生物がいない腸壁の表面積は小さいため、無菌マウスは同じエネルギーを得るのに食物を30%多く摂取しなければならない。

抗生物質が普及した1940年代の10年を境に、人類はこれまでの倍の時間を生きるようになった。2005年、ヒトの平均寿命は66歳、豊かな国では80歳。
◾病原体とは病気を引き起こす微生物。不衛生な状況に適応して繁栄。感染症の多くは、初期人類がアフリカを出て世界各地で集団生活をはじめた時期に端を発する。病原体の繁栄はヒトの繁栄。
◾1944年ペニシリン生産。以降細菌の種類に合わせ弱点を攻撃する20種類以上の抗生物質が開発される。それ以前は軽い引っかき傷や擦り傷でヒトが死ぬのはそうめずらしいことではなかった。
◾ディスバイオシス(マイクロバイオータのバランスの乱れ)
抗生物質感染症、不健康なダイエット、危険な薬の服用等により、微生物のバランスが乱れてその多様性を減少させること。21世紀病の中心にあるもの。ストレスはそれを悪化させる付加要素。
過敏性腸症候群は、炎症性腸疾患と違って腸の表面に潰瘍こそできないが、正常なときにはない炎症が別のところに生じている。このとき体は、腸壁を覆う細胞間にすき間をつくってそこから水分を出し、トラブルのもとを腸の外に洗い流そうとしているように見える。
◾腸内細菌の組成比が、食べ物からエネルギーをどれだけ引き出すかを決めている。
私たちが食べる食べ物によって、腸内で優勢になる菌種が変わる。
◾肥満は生活習慣病というよりウイルスによるエネルギー貯蔵システムの機能障害。
◾痩せた人の腸内にはアッカーマンシアが多い。マウスに高脂肪な餌を与えて太らせるとアッカーマンシアは減るのだが、食物繊維を加えるとはまた増えて健全な量に戻る。
◾胃バイパス手術を受けた患者の体重が減るのは、食べる量が制限されたからというより、食べる量が減って腸内マイクロバイオータが痩せ型にリセットされて、エネルギーの貯蔵法が変わったからだろう。
◾ウイルスと細菌を含めた微生物は、過食と運動不足だけで肥満になるわけではないことを教えてくれている。食事からエネルギーをどう引き出すか、そのエネルギーをどう使ってどう貯蔵するかは、各人が抱える腸内の微生物集団と複雑に関係している。

◾腸に微生物が棲んでいないマウスは反社会的で、他のマウスと関わろうとせず単独で過ごすのを好む。ケージに新しいマウスが加わったとき、通常のマイクロバイオータを有するマウスはすぐに寄って行ってあいさつするが、無菌マウスはよく知っている仲間のそばを離れない。腸内微生物を抱えているだけで社交的になるようだ。社交性だけではない。あなたのマイクロバイオータはどうやら、あなたがどんな人物に引かれるかまで決めている。
◾迷走神経
脳から腹部に伸び、途中でさまざまな臓器に枝分かれしている神経。消化しているもの、消火活動は順調かといった腸の現況を伝える。「腹の虫」や「虫の知らせ」のようなものを脳に伝える所が独特。何かがおかしいというような直感や、トイレに行きたくなるような緊張感は脳ではなく腸が最初に感知して、迷走神経の電気インパルスによって脳に伝えられる。
◾しかし、心も体も共生微生物の影響を受けているとすると、私の自由意思や成功は、どこまで私のものなのだろう。
あなたのマイクロバイオータの組成があなたの出会う人や出かける場所に影響されるのなら、集団的な意識の拡張という概念に、新たな意味が加わる。少なくとも、他者と同じものを食べてトイレを共有すれば、いい意味でも悪い意味でも互いの微生物を交換する機会が生じる。

◾ホロゲノム進化論
私は人体に棲む微生物のことを調べるうちに、自分自身を独立した存在と考えるのをやめ、マイクロバイオータの容器だと考えるようになった。私は私のマイクロバイオータが喜ぶような食事の摂り方を考えるようになった。
◾逆に、通常のマイクロバイオータを有している動物は、そのバランスが抗生物質で乱されると感染症にかかりやすくなる。抗生物質で一つの感染症が治っても、かわりにほかの感染症に対して無防備になる。細菌種別の組成比により、免疫系のふるまい方が変わるらしい。
◾微生物の多様性。微生物の種類が少ないとアレルギーを発症しやすい。免疫系の発育には、衛生的な環境のおかげで消えてしまった感染症というより、古くから友好関係を築いてきた微生物たちによる正常なコロニー形成。

アメリカでは抗生物質の70%が家畜用に使われるという。
◾ニワトリに抗生物質を与えると成長が50%近く促進される。抗生物質が家畜を太らせるのなら、それがヒトを太らせないという保証はない(成長不良のヒトに対して治療用に使っていた)。
抗生物質は、健康を害する細菌を殺すが、健康を保つ細菌も殺す。細菌の単一種だけを標的にすることはできず、ほとんどは広範囲の細菌種を殺す「広域抗生物質」。標的を絞った「狭域抗生物質」でさえ、病気の直接原因菌種だけを選んで殺すことはできない。同じグループに属する細菌すべてを標的としてしまう。
抗生物質がマイクロバイオータを変え、それが代謝の作用を変える(肥満)、脳の発達を変える(自閉症)、免疫の働きを変える(アレルギーと自己免疫疾患)という理論の裏づけには、単に同時に起こったということ以上の証拠を必要とする。
◾体重が増えているのはバンコマイシンとゲンタマイシンの二つの抗生物質を併用していた患者だけだった。
◾生後6ヶ月以内に抗生物質投与で、一歳になるまで無縁だった赤ん坊より過体重になりやすい。人も家畜も。
◾どうやらペニシリンは不健康な食事(高脂肪食)の影響を増幅させるようで、マウスは摂取した食物からより多くのカロリーを蓄積していた。
◾低用量の抗生物質を与えたマウスのマイクロバイオータを無菌マウスに移すと、無菌マウスの体重と体脂肪量に同じような変化が現れる。抗生物質そのものではなく、微生物の組成比の変化が体重増を引き起こす。抗生物質治療を終えてマイクロバイオータが回復したとしても、代謝への影響は残ってしまう。惰性で使い続けず、メリットとデメリットを天秤にかけて使うべき。
◾ニキビ治療等に抗生物質ミノサイクリン使用で狼瘡発症リスク2.5倍。女性に限定すれば5倍。

抗生物質が腸内マイクロバイオータの組成比を大きく変えうるとすれば、石鹸は皮膚のマイクロバイオータにどんな影響を与えるのか。私たちは家の中はバイ菌だらけ、細菌·ウイルスを99.9%殺す商品を使いましょう、という広告の一斉攻撃を受ける。しかし、ふつうの石鹸も同効果の上、あなたにも環境にも害を与えない。
◾石鹸と温水は微生物が付着しているもの(肉汁やほこり、皮膚にたまった皮脂や垢)を洗い流すだけ。微生物を殺す必要はなく、抗菌剤を足しても意味はない。
◾抗菌製品は、宣伝と仮説が科学に勝った成功例。安全性は一度も詳細に調べられたことはない。
◾体内にトリクロサン(石鹸に添加されることが多い抗菌物質)が多くあるほど花粉症その他のアレルギーを発症しやすい。
◾細菌を殺すために化学物質を使うというのなら、アルコールを手にすりこむのが最善の方法だ。アルコールは細菌の基本構造を壊すので、細菌に耐性をつける隙を与えない。MRSAのような抗生物質耐性菌にも効果を発揮する。

◾高脂肪食のマウスに食物繊維をたくさん与えると、そのマウスは食生活起因性の肥満にならずにすむ。現代人の問題は、脂肪を多くとりながら食物繊維をとらなくなったことかもしれない。祖先は1日およそ100グラムの食物繊維を食べていた。
◾おそらく、脂肪分の多いものをたくさん食べること自体はべつに悪くはないのだろう。食物繊維も同じようにたくさん食べさえすれば、高脂肪食による腸壁へのダメージは防げる。食物繊維を食べることによって腸壁の防御を強化する細菌が増えれば、リポ多糖が血液中に入りこむこともなく、免疫系は平静を保ち、脂肪細胞は肥大することなく分裂して数を増やす。
酪酸はゆるんだ腸壁にできたすき間をふさぐ。腸壁を堅固にするには、正しい微生物(特定の食物繊維を小さな分子に分解するビフィドバクテリウムや、その小さな分子を酪酸に変換するフィーカリバクテリウム·プラウスニッツィ、ロセブリア·インテスチナリス、エウバクテリウム·レクタレなど)と、そうした微生物の餌となる食物繊維をあなたが多く食べることだ。そうすれば、あとは勝手にやってくれる。
◾ヒトの体重は、単に「カロリーイン、カロリーアウト」の差し引きだけでなく、食生活(とくに食物繊維の摂取量)と微生物、短鎖脂肪酸、腸壁の透過性、慢性炎症の相互作用の影響を受ける。肥満は単なる過食の結果ではなく、エネルギー調整の不具合による病気なのだろう。
抗生物質を含めマイクロバイオータを乱すものは何であれ、それがリポ多糖を血液中に入れてしまうものなら体重増加を招くだろう。
◾脂肪の摂取量に関係なく、食物繊維の摂取が多いとBMI値が低い。未精製の穀類(食物繊維多)を好む人の方が、精製された穀類(食物繊維少)を好む人よりBMI値が一貫して低い。
◾生食
動物性植物性食品共に加熱により科学構造が変化、生では吸収できない栄養成分をとりこめるようになる。微生物から見ても消化可能な餌となる。さらに、腸内の有益な微生物を殺しかねない植物の天然毒素が中和される。
生の食材は吸収できるカロリーが少ないため体重は減るが、減量効果がありすぎて、逆に健康を損なう。
◾食物繊維好きの微生物のホームグラウンドである大腸と、その微生物の待機所である虫垂を備えたヒトの消化器系の構造は、私たちが肉食動物ではないこと、植物を主食としてきたことを教えてくれる。私たちが見落としている栄養成分は食物繊維だ。
◾あなたはあなたの微生物が食べたものでできている。

帝王切開が21世紀病のリスクを高めている。
◾計画的な帝王切開は赤ん坊にとって二重の不利益となる。産道で必要な微生物を得られないうえに、母乳による追加の微生物も得られない。
◾母乳に含まれるオリゴ糖と生きた細菌が、赤ん坊のマイクロバイオータの「苗」を育てる役割を果たし、赤ん坊の成長に合わせて変わるのだとすると、粉ミルク育児はどうなるのだろう。
◾人生最初の数日に、膣の乳酸菌と母乳のオリゴ糖の助けを借りながら「選び抜かれた微生物種」を育てることは、赤ん坊を感染症から守りつつ、未熟な免疫系に知識を与えるのに重要なステップだ。母乳と粉ミルクを組み合わせる育児をすると、それだけでクロストリジウム·ディフィシルを含む不必要な細菌が加わる。
◾粉ミルクで育つ赤ん坊は感染症にかかりやすく、21世紀病とも関連。粉ミルクだけで育った子どもは大人になってから60%多く糖尿病を発症。
◾高齢者の腸内細菌を改善することで健康維持と長寿を実現できるのではないか。
◾自然出産と完全母乳育児の重要性とその結果の認識。

◾つきつめれば、プロバイオティクスと糞便移植にそれほど大きな違いはない。どちらも有益な微生物を腸内に届けるという考え方だ。一方は上から、もう一方は下から。一方はラボで培養され、もう一方は他人の腸内という理想的な環境で培養される。
酵素は分子の世界における働きバチのような存在。蛋白質の分解、ビタミン合成など、それぞれ独自の役割を果たす。

虫垂炎は、本来なら虫垂に侵入してきた病原体を撃退するはずの旧友たちがいなくなったことで発生する病気。
◾21世紀病の原因
先進国では抗生物質を万能薬として、単なる風邪からいのちを脅かす危険な感染症まであらゆることに使っている。畜産業も同じ。家畜の成長を速め、感染症を心配せずに遺伝的に似かよった家畜を狭い空間に押しこめて育てることができる。食事からは食物繊維が減り、多くの赤ん坊が自然分娩でなく外科的に取り出され、そして母乳育児を放棄して粉ミルクの便利さに走っている。こうした変化は1940年代を中心に起こり、微生物に大きな影響を与えたことが私たちには見えていなかった。
◾微生物との関係を脅かす3つの側面
抗生物質の使いすぎ、食物繊維不足、赤ん坊のマイクロバイオータの植え付け方と育て方の変化
抗生物質の使用で影響を受けるのは畜産品だけではない。残留薬を含んだ糞が有機野菜の肥料になっている。抗生物質(農薬やホルモンその他、ヒトへの安全性が疑わしい薬なども)を使わずに農産物を作れば、最終的に店頭価格は高くなる。
◾「もっと植物を食べよう」
◾食べ物こそが薬。
◾人体はたくさんの植物と少しの肉を食べるようにできている。
◾野菜や豆類は繊維分が多く、糖分が果物より低い。果物は、ジュースにしたりブレンドしたりすると繊維分が減り、また、ヒトの酵素で分解されて小腸から吸収されるため、結果的に人体に摂取されるカロリーが多くなる。
◾植物性の食品を食べて有益な微生物の組成比を増やすことは健康への第一歩。
◾赤ん坊は出産時にマイクロバイオータの苗を受け取る。母乳はその苗に栄養を与える役目がある。
◾「生まれか育ちか」
ヒトゲノム·プロジェクトでは、遺伝子(生まれ)は特定の状態に「なりやすいか、なりにくいか」、実際どうなるかは生活様式、食事、危険要素への遭遇などの環境(育ち)で決まる、ということを教えてくれた。
マイクロバイオームには、最善の遺伝子(生まれ)を受け継がせ、最良の環境(育ち)を与えるという、親が子にしてやれる両方の要素がある。


◾21世紀病
肥満、アレルギー(アトピー性皮膚炎、花粉症)、自己免疫疾患(1型糖尿病、多発性硬貨症、関節リウマチ、セリアック病、筋炎、狼瘡、その他)、消化器トラブル(過敏性腸症候群、炎症性腸疾患(クローン病潰瘍性大腸炎))、心の病気(自閉症、注意欠陥障害、トゥーレット症候群、強迫性障害うつ病、不安障害)