時間は存在しない

◾なぜ、過去を思い出すことはできても未来を思い出すことはできないのか。
◾低地では高地より時間がゆっくり流れる。
◾「時間の構造の変化」=時間の減速
物体は、周囲の時間を減速させる。地球は巨大な質量を持つ物体なので、そのまわりの時間の速度は遅くなる。山より平地のほうが減速の度合いが大きいのは、平地のほうが地球〔の質量の中心〕に近いからだ。このため、平地で暮らす友のほうがゆっくり年を取る。
◾物体が下に落ちるのは、下のほうが地球による時間の減速の度合いが大きいからなのだ。
◾物理学の方程式はわたしたちに、時計で計った時間の経過につれて事物がどう変化するかを教えてくれるのだ。
時計ごとに刻む時間は違い、たくさんの時間がある。物理学では個別の時計が示す時間を「固有時」と呼び、アインシュタインは固有時が互いに対してどう展開するかを記述する方程式をもたらした。二つの時間のずれの計算方法を示したのだ。
この世界は、互いに影響を及ぼし合う出来事のネットワークなのだ。
◾物理学は、事物が「時間のなかで」どのように進展するかではなく、事物が「それらの時間のなかで」どのように進展するか、「時間」同士が互いに対してどのように進展するかを述べているのだ。

◾熱=不可逆
周囲に変化するものがまったくないのであれば、熱は、冷たいものから温かいものに移れない(クラウジウス)。過去と未来を区別することができる、ただ一つの基本的物理法則。
時間と熱には深いつながりがあり、過去と未来の違いが現れる場合は決まって熱が関係してくる。逆回ししたときに理屈に合わなくなる出来事の連なりには、必ずヒートアップするものが存在するのだ。
球の動きが鈍って止まるのは摩擦のせいで、摩擦によって熱が生じる。思考は常に過去から未来へと展開し、逆に展開することはない。実際に、ものを考えると、頭のなかで熱が生じるわけで······。
クラウジウスは、この一方通行で不可逆な熱過程を測る量を考え出した。そして、学のあるドイツ人だったので、その量に古代ギリシャ語に由来するエントロピーという名前をつけた。
「熱力学の第二法則」「ΔSは常にゼロより大きいかゼロに等しい」熱は熱い物体から冷たい物体にしか移らず、決して逆は生じない。時間の矢を表す式。基本的な物理式のなかで唯一、過去と未来を認識している。時間の流れについて述べている。
熱は、分子のミクロレベルの振動。熱いと活発、冷えると動きが鈍くなる。
◾ボルツマンはわたしたちが曖昧な形で記述するからこそエントロピーが存在するということを示した。熱、エントロピー、過去のエントロピーのほうが低いという見方は、自然を近似的、統計的に記述したときにはじめて生じる。過去と未来の違いは、ぼやけ〔粗視化〕と深く結びつき、ミクロレベルの正確な状態をすべて考慮に入れることができたら、時間の流れの特徴とされる性質は、消える。
事物のミクロな状況を観察すると、過去と未来の違いは消えてしまう。事物の基本的な原理では「原因」と「結果」の区別はつかない。物理法則の規則があり、異なる時間の出来事を結んでいるが、それらは未来と過去で対象。つまり、ミクロな記述では、いかなる意味でも過去と未来は違わない。
過去と未来が違うのは、ひとえにこの世界を見ているわたしたち自身の視界が曖昧だからである。
エントロピーは、この世界を見ている自分たちの視野が曖昧なせいで区別できないミクロ状態の個数を示す量でしかない。

アインシュタインは、質量によって時間が遅れる(一般相対性理論)ことを理解する一〇年前に、速度があると時間が遅れる(特殊相対性理論)ということに気づいていた。
◾わたしたちの「現在」は、宇宙全体には広がらない。「現在」は、自分たちを囲む泡のようなものなのだ。
◾宇宙の出来事の間には、完全ではない、部分的な順序が定められるのだ。
ブラックホールの近くでは、すべての光円錐がブラックホールの側に傾く。なぜなら、ブラックホールの質量があまりに大きいので時間がひどく遅くなって、(〔事象の〕地平線と呼ばれる)その線で、時間が止まってしまうからだ。ブラックホールの表面は円錐の縁と平行。このためブラックホールから出るには、未来に向かってではなく現在に向かって動く必要がある。
光円錐が内側に傾くために事象の地平線が生じ、未来の空間の一定の領域がまわりのすべてから遮断される。ただそれだけのこと。「現在」の局地的構造が奇妙なことになっているせいで、真っ黒な穴(ブラックホール)が生じるのだ。
「宇宙の現在」は存在しない。
ニュートンが登場するまで、人類にとっての時間は事物の変化を測定するための方法だった(アリストテレス)。それまで誰も、時間が事物と無関係に存在し得るとは考えていなかったのだ。みなさんも、どうかご自分の直感や考え方が「自然だ」と思わないようにしていただきたい。
◾空間
アリストテレス、ある事物の場所とはそれを囲んでいるもの。ニュートンアリストテレスの定義は「日常的で相対的な見せかけのもの」であり、空間そのものは「絶対的で数学的な真のもの」、何もないところにも存在するもの。空気を考慮に入れるか入れないか。
アインシュタインのもっとも重要な業績、それはアリストテレスの時間とニュートンの時間の統合である。
◾時空は重力場。場は、物質がなくても存在するが、ニュートンが主張するようなこの世界のほかの事物と異なる実在ではなく、ほかの事物と同じ「場」。世界はキャンバスや層の重ね合わせであり、重力場もそれらの層の一つ。物理学の方程式は、すべての場が互いに及ぼし合う影響を記述する。時空もその場の一つ。
◾1915年に重力場の方程式を書いたアインシュタインは、1年も経たぬうちに、その式が時間と空間の性質に関する物語の締めくくりの言葉になり得ないことに気がついた。なぜなら量子力学が存在するからだ。

量子力学
粒状性、不確定性、関係性
◾この世界はごく微細な粒からなっていて、連続ではない。時間も粒状。

◾時間はすでに、一つでもなく、方向もなく、事物と切っても切り離せず、「今」もなく、連続でもないものとなったが、この世界が出来事のネットワークであるという事実に揺らぎはない。
事物は「存在しない」。事物は「起きる」のだ。
◾この世界について考える際の最良の語法は、「~である」ではなく「~になる」。
◾この世界は物ではなく、出来事·過程の集まり。物(石等)が時間をどこまでも貫くのに対して、出来事は継続時間に限りがある。この世界は出来事のネットワーク。
◾「物」はしばらく変化がない出来事でしかなく、遅かれ早かれ塵に返る。
◾もしも「時間」が出来事の発生自体を意味するのなら、あらゆるものが「時間」である。時間のなかにあるものだけが、存在するのだ。
◾同じ時間、同じ場所にいなくても、このような交流は成り立つ。わたしたちを結びつける考えや感情は、薄い紙に固定されたり、コンピューターのマイクロチップの間を跳ね回ったりして、なんの苦もなく海を越え、何十年、さらには何百年もの時を超える。わたしたちは、一生のうちの数日といった時間や、自分たちが歩き回る数平方メートルの空間をはるかに超えた広大なネットワークの一部であり、この本も、そのネットワークに織り込まれた一本の糸なのだ。
◾「空間量子」
これらは時間のなかに存在しているわけではなく、絶えず作用し合っており、その間断ない相互作用によってのみ存在する。
量子は相互作用という振る舞いを通じて、その相互作用においてのみ、さらには相互作用の相手との関係に限って、姿を表す。
◾存在するのは、出来事と関係だけ。これが、基本的な物理学における時間のない世界なのである。

◾宇宙のエントロピーが最初は低く、そのため時間の矢が存在するのは、おそらく宇宙そのものに原因があってのことではなく、わたしたちのほうに原因があるのだろう。
◾わたしたちはさまざまな宇宙の性質のなかのきわめて特殊な部分集合を識別するようにできていて、そのせいで時間が方向づけられているのだ。
◾わたしたちとこの世界の残りの部分が特殊な相互作用をしているからこそ宇宙が始まったときのエントロピーが低かった。
◾たぶん、宇宙は特別な配置にはなっていないのだ。おそらくわたしたちが特殊な物理系に属していて、その物理系に関する宇宙の状態が特殊なのだろう。
◾ということはたぶん、時間の流れはこの宇宙の特徴ではないのだろう。天空の回転と同じように、この宇宙の片隅にいるわたしたちの目に映る特殊な眺めなのだ。
◾わたしたちがこの世界で見るものの多くは、自分たちの視点が果たす役割を考えに入れてはじめて理解可能になる。視点の役割を考慮しないと理解ができない。
自分たちの時間経験を理解する際には、自分たちがこの世界の内側にいるという認識が欠かせない。
早い話が、「外側から見た」世界のなかにある時間構造と、自分たちが観察しているこの世界の性質、自分たちがそのなかにいてその一部であることの影響を受けているこの世界の性質とを混同してはならないのだ。
◾わたしたちがたまたま暮らしている途方もなく広大なこの宇宙にある無数の小さな系Sのなかにはいくつかの特別な系があって、そこではエントロピーの変動によって、たまたま熱時間の流れの二つある端の片方におけるエントロピーが低くなっている。これらの系Sにとっては、エントロピーの変動は対称でなく、増大する。そしてわたしたちは、この増大を時の流れとして経験する。つまり特別なのは初期の宇宙の状態ではなく、わたしたちが属している小さな系Sなのだ。

◾エネルギーではなくエントロピーがこの世界を動かす
◾太陽は低いエントロピーの途切れることのない豊かな源。

◾わたしたちは、時間と空間のなかで構成された有限の過程であり、出来事なのだ。