あなたの体は9割が細菌

◾あの一連の抗生物質は、私を苦しめていた細菌を全滅させただけでなく、もともと体の中にいた細菌まで絶滅させてしまったのではないだろうか。
◾あなたの体のうち、ヒトの部分は一〇%しかない。
あなたが「自分の体」と呼んでいる容器を構成している細胞一個につき、そこに乗っかっているヒッチハイカーの細胞は九個ある。あなたという存在には、血と肉と筋肉と骨、脳と皮膚だけでなく、細菌と菌類が含まれている。あなたの体はあなたのものである以上に、微生物のものでもあるのだ。
◾共生微生物のアンバランスが胃腸疾患、アレルギー、自己免疫疾患、さらには肥満を引き起こしているという科学的証拠が続々と出てきている。
◾私たちが人生の一部として甘受している病気の多くはどうやら、遺伝子の欠陥や体力低下のせいではなく、ヒト細胞の延長にある微生物を軽んじたせいで出現した、新しい病態のようなのだ。
◾私の腸内細菌の多様性は相対的に低く、二大勢力に属する細菌の占める割合がほかの参加者よりも多かった(平均90%、私97%)。これは私が使っていた抗生物質が少数派の菌種を絶滅させ、それに耐えた菌種だけが残った結果なのだろう。この多様性の喪失が、ここ数年の私の体調不良に関係があるのかもしれないと私は思った。
◾無差別攻撃で微生物環境を壊してしまったことが私の近年の体調不良の原因なら、それを元に戻すことでアレルギーや皮膚のトラブル、年がら年中の感染症から抜け出すことが出きるかもしれない。

◾ヒトマイクロバイオーム·プロジェクト
私達自身のゲノムを調べる(ヒトゲノム·プロジェクト)のではなく、人体に棲む微生物のゲノムの総体ーーマイクロバイオームーーを調べて、どんな微生物種が存在しているのかを見つけ出そうという計画。
◾胴体右下の袋状の盲腸は、消化管の微生物共同体の心臓部。盲腸から垂れ下がる虫垂は、免疫系に必須の部位で、微生物共同体を守り、育て、情報を伝達し合っている。人体が微生物のために用意している隠れ家。食中毒や感染症で荒らされた消化管はその後、虫垂に隠れていたいつもの微生物でふたたび満たされる。
◾ヒト細胞と共生菌がどのくらい相互作用しているかがわかるようになったのは、1990年代後半に分子生物学の手法が使えるようになってから。
◾生物の分類群
ドメイン、界、門、綱、目、科、属、種、株
ヒト(ヒト属サピエンス種)大型類人猿(ヒト科)霊長類(サル目)哺乳類(哺乳綱)脊髄をもつ動物群(脊索動物門)動物全般(動物界)真核生物ドメイン
細菌その他の微生物(ウイルス除く)は、真核生物ドメイン内の動物界とは別の枝か、あるいは別のドメイン(古細菌ドメイン真正細菌ドメイン)に属する。
◾マイクロバイオータは腸の形態まで変える。微生物がいる腸壁では指状突起が長く伸び、食物からエネルギーを得るのに必要な表面積を増やしている。微生物がいない腸壁の表面積は小さいため、無菌マウスは同じエネルギーを得るのに食物を30%多く摂取しなければならない。

抗生物質が普及した1940年代の10年を境に、人類はこれまでの倍の時間を生きるようになった。2005年、ヒトの平均寿命は66歳、豊かな国では80歳。
◾病原体とは病気を引き起こす微生物。不衛生な状況に適応して繁栄。感染症の多くは、初期人類がアフリカを出て世界各地で集団生活をはじめた時期に端を発する。病原体の繁栄はヒトの繁栄。
◾1944年ペニシリン生産。以降細菌の種類に合わせ弱点を攻撃する20種類以上の抗生物質が開発される。それ以前は軽い引っかき傷や擦り傷でヒトが死ぬのはそうめずらしいことではなかった。
◾ディスバイオシス(マイクロバイオータのバランスの乱れ)
抗生物質感染症、不健康なダイエット、危険な薬の服用等により、微生物のバランスが乱れてその多様性を減少させること。21世紀病の中心にあるもの。ストレスはそれを悪化させる付加要素。
過敏性腸症候群は、炎症性腸疾患と違って腸の表面に潰瘍こそできないが、正常なときにはない炎症が別のところに生じている。このとき体は、腸壁を覆う細胞間にすき間をつくってそこから水分を出し、トラブルのもとを腸の外に洗い流そうとしているように見える。
◾腸内細菌の組成比が、食べ物からエネルギーをどれだけ引き出すかを決めている。
私たちが食べる食べ物によって、腸内で優勢になる菌種が変わる。
◾肥満は生活習慣病というよりウイルスによるエネルギー貯蔵システムの機能障害。
◾痩せた人の腸内にはアッカーマンシアが多い。マウスに高脂肪な餌を与えて太らせるとアッカーマンシアは減るのだが、食物繊維を加えるとはまた増えて健全な量に戻る。
◾胃バイパス手術を受けた患者の体重が減るのは、食べる量が制限されたからというより、食べる量が減って腸内マイクロバイオータが痩せ型にリセットされて、エネルギーの貯蔵法が変わったからだろう。
◾ウイルスと細菌を含めた微生物は、過食と運動不足だけで肥満になるわけではないことを教えてくれている。食事からエネルギーをどう引き出すか、そのエネルギーをどう使ってどう貯蔵するかは、各人が抱える腸内の微生物集団と複雑に関係している。

◾腸に微生物が棲んでいないマウスは反社会的で、他のマウスと関わろうとせず単独で過ごすのを好む。ケージに新しいマウスが加わったとき、通常のマイクロバイオータを有するマウスはすぐに寄って行ってあいさつするが、無菌マウスはよく知っている仲間のそばを離れない。腸内微生物を抱えているだけで社交的になるようだ。社交性だけではない。あなたのマイクロバイオータはどうやら、あなたがどんな人物に引かれるかまで決めている。
◾迷走神経
脳から腹部に伸び、途中でさまざまな臓器に枝分かれしている神経。消化しているもの、消火活動は順調かといった腸の現況を伝える。「腹の虫」や「虫の知らせ」のようなものを脳に伝える所が独特。何かがおかしいというような直感や、トイレに行きたくなるような緊張感は脳ではなく腸が最初に感知して、迷走神経の電気インパルスによって脳に伝えられる。
◾しかし、心も体も共生微生物の影響を受けているとすると、私の自由意思や成功は、どこまで私のものなのだろう。
あなたのマイクロバイオータの組成があなたの出会う人や出かける場所に影響されるのなら、集団的な意識の拡張という概念に、新たな意味が加わる。少なくとも、他者と同じものを食べてトイレを共有すれば、いい意味でも悪い意味でも互いの微生物を交換する機会が生じる。

◾ホロゲノム進化論
私は人体に棲む微生物のことを調べるうちに、自分自身を独立した存在と考えるのをやめ、マイクロバイオータの容器だと考えるようになった。私は私のマイクロバイオータが喜ぶような食事の摂り方を考えるようになった。
◾逆に、通常のマイクロバイオータを有している動物は、そのバランスが抗生物質で乱されると感染症にかかりやすくなる。抗生物質で一つの感染症が治っても、かわりにほかの感染症に対して無防備になる。細菌種別の組成比により、免疫系のふるまい方が変わるらしい。
◾微生物の多様性。微生物の種類が少ないとアレルギーを発症しやすい。免疫系の発育には、衛生的な環境のおかげで消えてしまった感染症というより、古くから友好関係を築いてきた微生物たちによる正常なコロニー形成。

アメリカでは抗生物質の70%が家畜用に使われるという。
◾ニワトリに抗生物質を与えると成長が50%近く促進される。抗生物質が家畜を太らせるのなら、それがヒトを太らせないという保証はない(成長不良のヒトに対して治療用に使っていた)。
抗生物質は、健康を害する細菌を殺すが、健康を保つ細菌も殺す。細菌の単一種だけを標的にすることはできず、ほとんどは広範囲の細菌種を殺す「広域抗生物質」。標的を絞った「狭域抗生物質」でさえ、病気の直接原因菌種だけを選んで殺すことはできない。同じグループに属する細菌すべてを標的としてしまう。
抗生物質がマイクロバイオータを変え、それが代謝の作用を変える(肥満)、脳の発達を変える(自閉症)、免疫の働きを変える(アレルギーと自己免疫疾患)という理論の裏づけには、単に同時に起こったということ以上の証拠を必要とする。
◾体重が増えているのはバンコマイシンとゲンタマイシンの二つの抗生物質を併用していた患者だけだった。
◾生後6ヶ月以内に抗生物質投与で、一歳になるまで無縁だった赤ん坊より過体重になりやすい。人も家畜も。
◾どうやらペニシリンは不健康な食事(高脂肪食)の影響を増幅させるようで、マウスは摂取した食物からより多くのカロリーを蓄積していた。
◾低用量の抗生物質を与えたマウスのマイクロバイオータを無菌マウスに移すと、無菌マウスの体重と体脂肪量に同じような変化が現れる。抗生物質そのものではなく、微生物の組成比の変化が体重増を引き起こす。抗生物質治療を終えてマイクロバイオータが回復したとしても、代謝への影響は残ってしまう。惰性で使い続けず、メリットとデメリットを天秤にかけて使うべき。
◾ニキビ治療等に抗生物質ミノサイクリン使用で狼瘡発症リスク2.5倍。女性に限定すれば5倍。

抗生物質が腸内マイクロバイオータの組成比を大きく変えうるとすれば、石鹸は皮膚のマイクロバイオータにどんな影響を与えるのか。私たちは家の中はバイ菌だらけ、細菌·ウイルスを99.9%殺す商品を使いましょう、という広告の一斉攻撃を受ける。しかし、ふつうの石鹸も同効果の上、あなたにも環境にも害を与えない。
◾石鹸と温水は微生物が付着しているもの(肉汁やほこり、皮膚にたまった皮脂や垢)を洗い流すだけ。微生物を殺す必要はなく、抗菌剤を足しても意味はない。
◾抗菌製品は、宣伝と仮説が科学に勝った成功例。安全性は一度も詳細に調べられたことはない。
◾体内にトリクロサン(石鹸に添加されることが多い抗菌物質)が多くあるほど花粉症その他のアレルギーを発症しやすい。
◾細菌を殺すために化学物質を使うというのなら、アルコールを手にすりこむのが最善の方法だ。アルコールは細菌の基本構造を壊すので、細菌に耐性をつける隙を与えない。MRSAのような抗生物質耐性菌にも効果を発揮する。

◾高脂肪食のマウスに食物繊維をたくさん与えると、そのマウスは食生活起因性の肥満にならずにすむ。現代人の問題は、脂肪を多くとりながら食物繊維をとらなくなったことかもしれない。祖先は1日およそ100グラムの食物繊維を食べていた。
◾おそらく、脂肪分の多いものをたくさん食べること自体はべつに悪くはないのだろう。食物繊維も同じようにたくさん食べさえすれば、高脂肪食による腸壁へのダメージは防げる。食物繊維を食べることによって腸壁の防御を強化する細菌が増えれば、リポ多糖が血液中に入りこむこともなく、免疫系は平静を保ち、脂肪細胞は肥大することなく分裂して数を増やす。
酪酸はゆるんだ腸壁にできたすき間をふさぐ。腸壁を堅固にするには、正しい微生物(特定の食物繊維を小さな分子に分解するビフィドバクテリウムや、その小さな分子を酪酸に変換するフィーカリバクテリウム·プラウスニッツィ、ロセブリア·インテスチナリス、エウバクテリウム·レクタレなど)と、そうした微生物の餌となる食物繊維をあなたが多く食べることだ。そうすれば、あとは勝手にやってくれる。
◾ヒトの体重は、単に「カロリーイン、カロリーアウト」の差し引きだけでなく、食生活(とくに食物繊維の摂取量)と微生物、短鎖脂肪酸、腸壁の透過性、慢性炎症の相互作用の影響を受ける。肥満は単なる過食の結果ではなく、エネルギー調整の不具合による病気なのだろう。
抗生物質を含めマイクロバイオータを乱すものは何であれ、それがリポ多糖を血液中に入れてしまうものなら体重増加を招くだろう。
◾脂肪の摂取量に関係なく、食物繊維の摂取が多いとBMI値が低い。未精製の穀類(食物繊維多)を好む人の方が、精製された穀類(食物繊維少)を好む人よりBMI値が一貫して低い。
◾生食
動物性植物性食品共に加熱により科学構造が変化、生では吸収できない栄養成分をとりこめるようになる。微生物から見ても消化可能な餌となる。さらに、腸内の有益な微生物を殺しかねない植物の天然毒素が中和される。
生の食材は吸収できるカロリーが少ないため体重は減るが、減量効果がありすぎて、逆に健康を損なう。
◾食物繊維好きの微生物のホームグラウンドである大腸と、その微生物の待機所である虫垂を備えたヒトの消化器系の構造は、私たちが肉食動物ではないこと、植物を主食としてきたことを教えてくれる。私たちが見落としている栄養成分は食物繊維だ。
◾あなたはあなたの微生物が食べたものでできている。

帝王切開が21世紀病のリスクを高めている。
◾計画的な帝王切開は赤ん坊にとって二重の不利益となる。産道で必要な微生物を得られないうえに、母乳による追加の微生物も得られない。
◾母乳に含まれるオリゴ糖と生きた細菌が、赤ん坊のマイクロバイオータの「苗」を育てる役割を果たし、赤ん坊の成長に合わせて変わるのだとすると、粉ミルク育児はどうなるのだろう。
◾人生最初の数日に、膣の乳酸菌と母乳のオリゴ糖の助けを借りながら「選び抜かれた微生物種」を育てることは、赤ん坊を感染症から守りつつ、未熟な免疫系に知識を与えるのに重要なステップだ。母乳と粉ミルクを組み合わせる育児をすると、それだけでクロストリジウム·ディフィシルを含む不必要な細菌が加わる。
◾粉ミルクで育つ赤ん坊は感染症にかかりやすく、21世紀病とも関連。粉ミルクだけで育った子どもは大人になってから60%多く糖尿病を発症。
◾高齢者の腸内細菌を改善することで健康維持と長寿を実現できるのではないか。
◾自然出産と完全母乳育児の重要性とその結果の認識。

◾つきつめれば、プロバイオティクスと糞便移植にそれほど大きな違いはない。どちらも有益な微生物を腸内に届けるという考え方だ。一方は上から、もう一方は下から。一方はラボで培養され、もう一方は他人の腸内という理想的な環境で培養される。
酵素は分子の世界における働きバチのような存在。蛋白質の分解、ビタミン合成など、それぞれ独自の役割を果たす。

虫垂炎は、本来なら虫垂に侵入してきた病原体を撃退するはずの旧友たちがいなくなったことで発生する病気。
◾21世紀病の原因
先進国では抗生物質を万能薬として、単なる風邪からいのちを脅かす危険な感染症まであらゆることに使っている。畜産業も同じ。家畜の成長を速め、感染症を心配せずに遺伝的に似かよった家畜を狭い空間に押しこめて育てることができる。食事からは食物繊維が減り、多くの赤ん坊が自然分娩でなく外科的に取り出され、そして母乳育児を放棄して粉ミルクの便利さに走っている。こうした変化は1940年代を中心に起こり、微生物に大きな影響を与えたことが私たちには見えていなかった。
◾微生物との関係を脅かす3つの側面
抗生物質の使いすぎ、食物繊維不足、赤ん坊のマイクロバイオータの植え付け方と育て方の変化
抗生物質の使用で影響を受けるのは畜産品だけではない。残留薬を含んだ糞が有機野菜の肥料になっている。抗生物質(農薬やホルモンその他、ヒトへの安全性が疑わしい薬なども)を使わずに農産物を作れば、最終的に店頭価格は高くなる。
◾「もっと植物を食べよう」
◾食べ物こそが薬。
◾人体はたくさんの植物と少しの肉を食べるようにできている。
◾野菜や豆類は繊維分が多く、糖分が果物より低い。果物は、ジュースにしたりブレンドしたりすると繊維分が減り、また、ヒトの酵素で分解されて小腸から吸収されるため、結果的に人体に摂取されるカロリーが多くなる。
◾植物性の食品を食べて有益な微生物の組成比を増やすことは健康への第一歩。
◾赤ん坊は出産時にマイクロバイオータの苗を受け取る。母乳はその苗に栄養を与える役目がある。
◾「生まれか育ちか」
ヒトゲノム·プロジェクトでは、遺伝子(生まれ)は特定の状態に「なりやすいか、なりにくいか」、実際どうなるかは生活様式、食事、危険要素への遭遇などの環境(育ち)で決まる、ということを教えてくれた。
マイクロバイオームには、最善の遺伝子(生まれ)を受け継がせ、最良の環境(育ち)を与えるという、親が子にしてやれる両方の要素がある。


◾21世紀病
肥満、アレルギー(アトピー性皮膚炎、花粉症)、自己免疫疾患(1型糖尿病、多発性硬貨症、関節リウマチ、セリアック病、筋炎、狼瘡、その他)、消化器トラブル(過敏性腸症候群、炎症性腸疾患(クローン病潰瘍性大腸炎))、心の病気(自閉症、注意欠陥障害、トゥーレット症候群、強迫性障害うつ病、不安障害)

時間は存在しない

◾なぜ、過去を思い出すことはできても未来を思い出すことはできないのか。
◾低地では高地より時間がゆっくり流れる。
◾「時間の構造の変化」=時間の減速
物体は、周囲の時間を減速させる。地球は巨大な質量を持つ物体なので、そのまわりの時間の速度は遅くなる。山より平地のほうが減速の度合いが大きいのは、平地のほうが地球〔の質量の中心〕に近いからだ。このため、平地で暮らす友のほうがゆっくり年を取る。
◾物体が下に落ちるのは、下のほうが地球による時間の減速の度合いが大きいからなのだ。
◾物理学の方程式はわたしたちに、時計で計った時間の経過につれて事物がどう変化するかを教えてくれるのだ。
時計ごとに刻む時間は違い、たくさんの時間がある。物理学では個別の時計が示す時間を「固有時」と呼び、アインシュタインは固有時が互いに対してどう展開するかを記述する方程式をもたらした。二つの時間のずれの計算方法を示したのだ。
この世界は、互いに影響を及ぼし合う出来事のネットワークなのだ。
◾物理学は、事物が「時間のなかで」どのように進展するかではなく、事物が「それらの時間のなかで」どのように進展するか、「時間」同士が互いに対してどのように進展するかを述べているのだ。

◾熱=不可逆
周囲に変化するものがまったくないのであれば、熱は、冷たいものから温かいものに移れない(クラウジウス)。過去と未来を区別することができる、ただ一つの基本的物理法則。
時間と熱には深いつながりがあり、過去と未来の違いが現れる場合は決まって熱が関係してくる。逆回ししたときに理屈に合わなくなる出来事の連なりには、必ずヒートアップするものが存在するのだ。
球の動きが鈍って止まるのは摩擦のせいで、摩擦によって熱が生じる。思考は常に過去から未来へと展開し、逆に展開することはない。実際に、ものを考えると、頭のなかで熱が生じるわけで······。
クラウジウスは、この一方通行で不可逆な熱過程を測る量を考え出した。そして、学のあるドイツ人だったので、その量に古代ギリシャ語に由来するエントロピーという名前をつけた。
「熱力学の第二法則」「ΔSは常にゼロより大きいかゼロに等しい」熱は熱い物体から冷たい物体にしか移らず、決して逆は生じない。時間の矢を表す式。基本的な物理式のなかで唯一、過去と未来を認識している。時間の流れについて述べている。
熱は、分子のミクロレベルの振動。熱いと活発、冷えると動きが鈍くなる。
◾ボルツマンはわたしたちが曖昧な形で記述するからこそエントロピーが存在するということを示した。熱、エントロピー、過去のエントロピーのほうが低いという見方は、自然を近似的、統計的に記述したときにはじめて生じる。過去と未来の違いは、ぼやけ〔粗視化〕と深く結びつき、ミクロレベルの正確な状態をすべて考慮に入れることができたら、時間の流れの特徴とされる性質は、消える。
事物のミクロな状況を観察すると、過去と未来の違いは消えてしまう。事物の基本的な原理では「原因」と「結果」の区別はつかない。物理法則の規則があり、異なる時間の出来事を結んでいるが、それらは未来と過去で対象。つまり、ミクロな記述では、いかなる意味でも過去と未来は違わない。
過去と未来が違うのは、ひとえにこの世界を見ているわたしたち自身の視界が曖昧だからである。
エントロピーは、この世界を見ている自分たちの視野が曖昧なせいで区別できないミクロ状態の個数を示す量でしかない。

アインシュタインは、質量によって時間が遅れる(一般相対性理論)ことを理解する一〇年前に、速度があると時間が遅れる(特殊相対性理論)ということに気づいていた。
◾わたしたちの「現在」は、宇宙全体には広がらない。「現在」は、自分たちを囲む泡のようなものなのだ。
◾宇宙の出来事の間には、完全ではない、部分的な順序が定められるのだ。
ブラックホールの近くでは、すべての光円錐がブラックホールの側に傾く。なぜなら、ブラックホールの質量があまりに大きいので時間がひどく遅くなって、(〔事象の〕地平線と呼ばれる)その線で、時間が止まってしまうからだ。ブラックホールの表面は円錐の縁と平行。このためブラックホールから出るには、未来に向かってではなく現在に向かって動く必要がある。
光円錐が内側に傾くために事象の地平線が生じ、未来の空間の一定の領域がまわりのすべてから遮断される。ただそれだけのこと。「現在」の局地的構造が奇妙なことになっているせいで、真っ黒な穴(ブラックホール)が生じるのだ。
「宇宙の現在」は存在しない。
ニュートンが登場するまで、人類にとっての時間は事物の変化を測定するための方法だった(アリストテレス)。それまで誰も、時間が事物と無関係に存在し得るとは考えていなかったのだ。みなさんも、どうかご自分の直感や考え方が「自然だ」と思わないようにしていただきたい。
◾空間
アリストテレス、ある事物の場所とはそれを囲んでいるもの。ニュートンアリストテレスの定義は「日常的で相対的な見せかけのもの」であり、空間そのものは「絶対的で数学的な真のもの」、何もないところにも存在するもの。空気を考慮に入れるか入れないか。
アインシュタインのもっとも重要な業績、それはアリストテレスの時間とニュートンの時間の統合である。
◾時空は重力場。場は、物質がなくても存在するが、ニュートンが主張するようなこの世界のほかの事物と異なる実在ではなく、ほかの事物と同じ「場」。世界はキャンバスや層の重ね合わせであり、重力場もそれらの層の一つ。物理学の方程式は、すべての場が互いに及ぼし合う影響を記述する。時空もその場の一つ。
◾1915年に重力場の方程式を書いたアインシュタインは、1年も経たぬうちに、その式が時間と空間の性質に関する物語の締めくくりの言葉になり得ないことに気がついた。なぜなら量子力学が存在するからだ。

量子力学
粒状性、不確定性、関係性
◾この世界はごく微細な粒からなっていて、連続ではない。時間も粒状。

◾時間はすでに、一つでもなく、方向もなく、事物と切っても切り離せず、「今」もなく、連続でもないものとなったが、この世界が出来事のネットワークであるという事実に揺らぎはない。
事物は「存在しない」。事物は「起きる」のだ。
◾この世界について考える際の最良の語法は、「~である」ではなく「~になる」。
◾この世界は物ではなく、出来事·過程の集まり。物(石等)が時間をどこまでも貫くのに対して、出来事は継続時間に限りがある。この世界は出来事のネットワーク。
◾「物」はしばらく変化がない出来事でしかなく、遅かれ早かれ塵に返る。
◾もしも「時間」が出来事の発生自体を意味するのなら、あらゆるものが「時間」である。時間のなかにあるものだけが、存在するのだ。
◾同じ時間、同じ場所にいなくても、このような交流は成り立つ。わたしたちを結びつける考えや感情は、薄い紙に固定されたり、コンピューターのマイクロチップの間を跳ね回ったりして、なんの苦もなく海を越え、何十年、さらには何百年もの時を超える。わたしたちは、一生のうちの数日といった時間や、自分たちが歩き回る数平方メートルの空間をはるかに超えた広大なネットワークの一部であり、この本も、そのネットワークに織り込まれた一本の糸なのだ。
◾「空間量子」
これらは時間のなかに存在しているわけではなく、絶えず作用し合っており、その間断ない相互作用によってのみ存在する。
量子は相互作用という振る舞いを通じて、その相互作用においてのみ、さらには相互作用の相手との関係に限って、姿を表す。
◾存在するのは、出来事と関係だけ。これが、基本的な物理学における時間のない世界なのである。

◾宇宙のエントロピーが最初は低く、そのため時間の矢が存在するのは、おそらく宇宙そのものに原因があってのことではなく、わたしたちのほうに原因があるのだろう。
◾わたしたちはさまざまな宇宙の性質のなかのきわめて特殊な部分集合を識別するようにできていて、そのせいで時間が方向づけられているのだ。
◾わたしたちとこの世界の残りの部分が特殊な相互作用をしているからこそ宇宙が始まったときのエントロピーが低かった。
◾たぶん、宇宙は特別な配置にはなっていないのだ。おそらくわたしたちが特殊な物理系に属していて、その物理系に関する宇宙の状態が特殊なのだろう。
◾ということはたぶん、時間の流れはこの宇宙の特徴ではないのだろう。天空の回転と同じように、この宇宙の片隅にいるわたしたちの目に映る特殊な眺めなのだ。
◾わたしたちがこの世界で見るものの多くは、自分たちの視点が果たす役割を考えに入れてはじめて理解可能になる。視点の役割を考慮しないと理解ができない。
自分たちの時間経験を理解する際には、自分たちがこの世界の内側にいるという認識が欠かせない。
早い話が、「外側から見た」世界のなかにある時間構造と、自分たちが観察しているこの世界の性質、自分たちがそのなかにいてその一部であることの影響を受けているこの世界の性質とを混同してはならないのだ。
◾わたしたちがたまたま暮らしている途方もなく広大なこの宇宙にある無数の小さな系Sのなかにはいくつかの特別な系があって、そこではエントロピーの変動によって、たまたま熱時間の流れの二つある端の片方におけるエントロピーが低くなっている。これらの系Sにとっては、エントロピーの変動は対称でなく、増大する。そしてわたしたちは、この増大を時の流れとして経験する。つまり特別なのは初期の宇宙の状態ではなく、わたしたちが属している小さな系Sなのだ。

◾エネルギーではなくエントロピーがこの世界を動かす
◾太陽は低いエントロピーの途切れることのない豊かな源。

◾わたしたちは、時間と空間のなかで構成された有限の過程であり、出来事なのだ。

腎臓が寿命を決める

◾腎臓は「生体内の状態を一定に保つ」。
◾血液中のリンが少ない動物ほど寿命が長い。
◾リンを体内から排泄して調整しているのは腎臓。
◾高性能の腎臓を備えている動物ほど長生き?
◾「リン=老化加速物質」
絶対に欠かすことはできないが、摂りすぎると腎臓の機能低下、血管トラブルや慢性炎症を引き起こすようになり、老化加速の大きな原因となる。
◾「不要なものを排泄する腎臓の力」の衰え=老化を早める

◾腎臓の働き
体の中の「必要なもの」と「不要なもの」を仕分けして、血液や体液の成分バランスを調整。腎臓に集まってきた血液を濾過しながら、「必要なもの」は再吸収し、「不要なもの」はそのまま尿中に排出して、体内環境を一定に保つ。言わば、血液をはじめとした人体内の体液成分を常に一定に保つ「管理人」。
血圧の調整、ビタミンDの活性化、造血ホルモンの分泌なども、各臓器とネットワークを構築し、逐一連絡を取り合いながら行う。
◾腎臓は「血液をきれいにしている濾過装置」。この濾過機能の主役「ネフロン」。「糸球体」と「尿細管」とで構成。人間にはこのネフロンが平均ひとつの腎臓で約100万個、ふたつで約200万個あるとされるが、かなりの個人差があり、少ない人は腎臓ふたつで50万個、多い人は腎臓ふたつで300万個、多い人少ない人で10倍近い差があると言われる。数の開きの理由は、遺伝要因もさることながら、出生時の体重が関係すると言われている。
◾「ネフロンは消耗品」。加齢とともにじわじわ減少。60代70代になると20代の半分程度に減る。一度減ったネフロンは回復再生不可。

◾FGF23「リンを体外に出すためのホルモン」
クロトー遺伝子「FGF23を受け取るための受容体」
老化加速は「FGF23とクロトー遺伝子のリン制御システム」が正常かどうか。
「リンこそが老化加速物質なのではないか」。

◾ネフロン数の減少による「腎臓の老化」が、慢性腎臓病の素地となる。それに加えて糖尿病や高血圧などが「腎臓の老化」を加速させることで慢性腎臓病を発生させるケースが非常に多い。現時点では「糖尿病や高血圧の治療」が慢性腎臓病の治療の基本。進行すると、最終的には血液濾過が十分にできなくなり尿毒性、透析か腎移植をしないと生きていけなくなり、この状態を「腎不全」と呼ぶ。
◾「クロトー欠損マウスも人工透析の患者さんも、体内にリンが貯留しているために同じような症状が現れている」可能性。
◾クロトー欠損マウスの場合、リンがたまらないようにした途端、老化加速症状がぴたりと治る。「人間もそうすれば慢性腎臓病がらみの症状や疾患を治せるのでは」。
◾リン制御による慢性腎臓病の治療研究
リン摂取制限やリン吸着薬の使用により、体内に入るリンの量を減らすことが人間の慢性腎臓病の治療にも有効であるという確信を得ることができた。

◾リンとカルシウム(結びつくとリン酸カルシウム)は骨のつくり替え工事ための「いつでも固められる工事用セメント」のようなもの。骨以外のところでリン酸カルシウムが析出(液状だった物質が結晶状や個体状になって現れること)すると、その組織(血管や細胞)に石灰化(硬直化)が起こり、機能低下して不調や病気が発生し、老化が加速する。
◾リン酸カルシウムは普段はたんぱく質と結合してコロイド粒子のかたちで、血中を移動。リン濃度上昇の結果発生する「リン酸カルシウムのコロイド粒子」=CPP(Calciprotein particle)。このCPPが健康被害を引き起こす“実行犯”であり、「治療標的」。

◾「水に溶けない2大物質」脂、リン酸カルシウム。たんぱく質とくっつくとCPP、リポたんぱく(HDL、LDL)。貯蔵先は骨、脂肪細胞。貯蔵先からあふれると動脈硬化(血管石灰化)·老化、動脈硬化(粥状硬化)脂肪肝

◾FGF23やクロトー遺伝子が正常に働いて日々リンを体外に排出できていたとしても、リンを大量に摂取し続けていたらいずれ尿細管が悲鳴をあげることに。
◾加齢によるネフロン数の減少が、リンの過剰な摂取によって加速され、腎臓の老化が加速し、放っているうちにさまざまな病気や老化加速症状が発生するようになってくるーー慢性腎臓病は、リンが原因の早老症なのです。
◾FGF23が53pg/ml(ピコグラム·パー·ミリリットル)を越えると、その人が5年後に人工透析になったり血中リンが上がったりする確率が高くなることが判明している。
◾FGF23を指標に、初期や中期の段階からリンを減らすようにブレーキをかけていけばよい。
◾だから、リンという「火」は血中リン濃度が上がってから消すのではなく、FGF23や尿中リンの値が上がってきた時点で消しにかからなくてはならない。血中リンではなく、FGF23や尿中リンを目安に消火活動をしていけば、「腎臓を守れる」「透析も避けられる」といった多大なメリットが得られるはず、というのが私の研究の結論です。ただ現時点では、この考え方は普及しておらず、血中リンの値が上がって火の手が大きくなってからしか消火(リン吸着薬)してはいけないという決まりができてしまっているーーそういう現状があるわけです。
◾リン吸着薬の適応症を「高リン血症」から「高FGF23血症」へと拡大すれば、慢性腎臓病の進行を送らせることができる、という事実を証明する治験を実施することは私の夢です。

◾日本で普通の食生活をしている人は、「食品から入るリン」と「添加物から入るリン」を合わせて、だいたい必要量の3倍くらいのリンを摂っている。
◾加工食品、カップラーメン、スナック類、ファーストフード、スーパーやコンビニのお惣菜など、添加物の使用量が多いものを普段からよく食べている人は、たぶん必要量の5倍くらいのリンを軽く摂取しているのではないか。
◾「有機リン」
肉類、魚介類、卵、乳製品、野菜、穀物など。含有量はたんぱく質含有量に比例することが多い。ただし、体内への吸収率は20~60%と食品によってかなり違いがある。
動物由来(肉、乳製品等)は吸収されやすく、植物由来(野菜等)は吸収されにくい。
「大豆」はリンが多いとされているが、人間の腸から吸収されない「フィチン酸」というかたちで含まれている。
·摂りすぎ注意!
肉(高含有量·高吸収率、特に赤身肉)、牛乳、プロセスチーズ等乳製品、骨ごと食べる小魚·魚卵·ナッツ類·ソバ·ラーメン(毎日大量摂取でなければ気にしなくてよいかも?)
◾「無機リン」
食品添加物。加工肉、干物や練り物(水産加工食品)、スナック菓子、インスタント麺、ファーストフードなど、ほとんどの加工食品に含まれている。体内への吸収率は90%以上。
·リンが使用されている添加物
リン酸塩(Na)、メタリン酸(Na)、ポリリン酸(Na)、ピロリン酸(Na)
かんすい、酸味量、香料、乳化剤、ph調整剤、強化剤、決着剤
·食品表示法の「抜け道」
「一括名表示」。何種頼もの添加物を一括名で表示。その中にリン添加物が入っているケースが非常に多い(香料等)。
「店内で製造·加工した食品」にはその成分を表示しなくてよいことになっている(スーパーの惣菜·弁当等)。
パッケージが小さくて成分を表示しにくいものには表示しなくてよいことになっている(コーヒーフレッシュ等)。
◾「食品添加物カットによるリン制限」
食品添加物が多そうなものはなるべく食べない」「食品添加物が多そうなものはなるべく買わない」戦法をつらぬく。
食品添加物を減らす
·「元の素材がわかる食品」を買う(野菜·きのこ·果物等)
·「とんでもなく日持ちするもの」は買わない
食品は腐るのが普通。保存料·防腐剤など多くの添加物がつかわれている可能性。
(ただし、缶詰めは心配ないかもしれない。空気に触れないように中身を密閉して詰めてから高温高圧の蒸気で完全滅菌しているので、長期保存しても腐らない)
·「いかにも着色料を使っていそうな食品」は買わない
·なるべく手作りのものを食べる
·値段が安すぎるものには注意する
·「○○料」「○○剤」という表記の多いものは買わない
一括名表示されている成分のどこにリン添加物が混じっているか分からない。
◾リンをコントロールしていけば、みなさんのアンチエイジングの力は自然に高まっていくでしょう。食品添加物を抑え、リンを抑えて、この先の人生の流れを変えていきましょう。

◾骨量低下防止の治療手段は「運動」
わたしたちの骨は、体の重みや運動刺激というプレッシャーがかかることによって丈夫に維持されるようにできている。ほねというそしきは、荷重ストレスが増すと、そのプレッシャーに負けないようにと、リンやカルシウムを蓄えて丈夫になっていく。
◾運動量や活動量が極端に少ないと、宇宙とたいして変わらないくらいのハイスピードで骨が衰える。骨に対する刺激が少なく、骨量低下とともにリンやカルシウムを骨から溶け出させてしまい、骨粗鬆症や慢性腎臓病を進行させてしまう可能性が高い。
◾体を動かすことが「リンを骨に封じ込めること」につながる。宇宙環境でリンやカルシウムが溶け出すのは、体を動かさずともよくなって硬い骨が不必要になったから。「動く」という必要がなくなると、リンもカルシウムもどんどん“家出”してしまう。
◾体を動かさないと、それを合図に骨からリンやカルシウムが溶け出し、骨と腎臓が衰えて、みるみる体が老化。
◾リンとカルシウムはわれわれの体内において非常に不安定な状態で保たれている。リン酸カルシウムとしておとなしく骨に吸収されている分にはまったく問題ないが、ひとたび血中に溶け出すと、極めた危険な存在に変貌。骨を出たリンとカルシウムは、いつ骨以外のところで結晶化してもおかしくないような状態で血液中や細胞外液中を漂うようになる。そして、腎機能が低下して血中リン濃度が上がってくると、結晶化したリン酸カルシウムがCPPを形成し、血管石灰化や非感染性慢性炎症などの悪さを働くようになる。
◾わたしたち陸上で生きる生き物は、リン酸カルシウムの硬い骨を得る代わりに、その骨の構成成分であるリンによって老化し、リンによって衰えていくという宿命を背負ってしまった。
◾「体内のリンを一定に保つ」というFGF23の仕事は、腎臓を犠牲にしてもやむを得ないくらいの重要任務だということなのでしょう。「体内のリンを一定に保つ」というメリットと、「ネフロン数が減る」というデメリットの究極の選択、つまりトレードオフがみて取れる。
◾骨と腎臓が老化を管理
FGF23は骨から分泌され、その排泄指令を受け取るクロトー遺伝子は腎臓にある。リンの制御システムは、この骨と腎臓のやり取りによって維持されていると言ってもよい。
この管理コントロールシステムが立ち行かず、リンの恒常性が維持できなくなった際に現れる不調が「老化」。
◾「動くこと」には骨、「食べること」には腎臓が不可欠。
◾「体をろくに動かさない生活」が骨や腎臓を弱らせ、「食品添加物の多い食生活」が腎臓を弱らせる。

◾今回の研究では、「リン酸カルシウムの骨を持つ高等脊椎動物」にのみ特有な老化加速因子を見つけることができた。これらの動物では、リンを抑制して腎臓の負担を減らすことで、老化の進行を抑えていけることが明らかになった。

セクシーな数学

◾物理学において生じているランダム性、構造やパターンの欠如が、純粋数学においても生じているためではないか。
ある意味で、私の研究内容は、物理学からアイデアを得て、数学に適用しているのです。
◾ーーそれは、あなたが数学者にとって非常に理解しがたいものを示したからですか。つまり、何の理由もなく真となる算術的事実が存在すること、それは偶発的に真となっており、ランダムだということを示したからですか。
そうです。Ω(オメガ)と呼ぶ数を発見したのです。これは、数学的に完璧に定義されているのに、その具体的な桁の数字が絶対にわからないのです。
◾ところが、私の数の各桁の数字はある可能性と別の可能性との間で見事にバランスを保っていて、実際の値が絶対にわからないのです。
◾量子的な並列性
量子世界では、物理系は、同時にあらゆる可能時間進化をなしとげようとします。そのふるまいは、あらゆる可能な歴史を加え合わせたようなものです。
量子世界では、測定した最終結果はあらゆる可能性の和なのです。その可能性はお互いに建設的な方向にも破壊的な方向にも相互作用するのです。
量子コンピュータ
この量子並列性を使って同時に百万個もの計算を行なうことができるコンピューターを作ろうとしている。その一台で通常の百万台ものコンピューターを置きかえられる。
チューリングマシンが停止するかどうかをあらかじめ決定することが原理的に不可能だという「停止問題」は、ゲーデル不完全性定理の別解である。
◾そもそも、普通の日常生活では、「絶対的な真実」などは存在しない。
ゲーデルの定理、チューリングの研究、そして私の研究結果は、数学においても絶対的な真を知ることができないことを示している。
◾明確な数学的問題はすべて数学的証明によって明確な解を持つはずだと(ヒルベルト)。ゲーデルは、そうではないことを証明した。
しかし、これはもっと一般的な問題。宇宙は、物理的な宇宙だけでなく数学的経験の宇宙も含めて、理解可能なものでしょうか。これはより広範な問題。
これらすべては、人間精神によってどの程度に理解できるものでしょうか。ゲーデルの研究から、完全な理解は不可能なことがわかっている。しかし、どの程度理解可能かという感じをつかむ何らかの方法があるものでしょうか。それが、結局問題なのです。
チューリングは、コンピュータープログラムが停止するかどうか、実行をやめるかどうかを決定できるかと問いました。彼は、集合論に対するカントール対角線論法を用いて、コンピュータープログラムが停止するかどうかを決定する機械的手続きが存在しないことを証明しました。
さて、停止問題が決定不能というチューリングの定理に少々の変更を施すと、停止確率がアルゴリズム的にランダムである、すなわち、既約数学情報であるという私の結果が得られます。数学的なしゃれみたいなものです。
◾ですから、百年もたたないうちに、私たちははるかかなたに来たことになります。すなわち、ヒルベルトがすべての数学的問題は数学的推論によって決定的に解けるだろうと確信していたときから、どのような初等算術の有限個の公理集合も不完全であるというゲーデルの驚くべき発見へ、そして、新たな極地へ、推論がまったく無力であり、完全に関連性を失う算術分野にまで到達したのです。
◾最近では、この種の予測可能性の欠如は量子力学以外に広まってきている。古典物理学ニュートン物理学においてすら、予測不能性やランダム性が含まれている。
それは、非線形物理学、すなわち「決定的カオス」の分野。これは、わずかな変化が大きな効果を生むという状況で、非線形の状況で、天候のように非常に不安定な状況で生じる。
◾天候は、原則として、予測不能(キャスティ教授)。
◾ランダム性は、いまや、統合原則かのように見受けられる。
◾そのアイデアというのは、ほとんどの物事が私のランダム性という定義を満足するということ、ほとんどの数が私の意味ではランダムであるが、決してそれを証明できないということです。いいですか、ランダム性に対する定義がわかったのです。そして、このアイデアの意義は、推論が達成できる事柄に限界があるということを示したことなのです。
◾ーー情報、計算量、ランダム性は、第三千年紀の時代精神であると書いておられますね。
 この情報という単語は非常に示唆的だと思います。とてもセクシーな言葉。コンピューター革命の一部であり、ソフトウェアというアイデアの一部であり、分子における、物理的形態における生物情報であるDNAによる生物学の革命の一部でもあります。
 もう一つ啓発的だと思うのは、例のとんでもない考え、つまり、コンピューター技術は、人間の魂を扱うための技術と考えられるということです。ソフトウェアは魂のようなもの。計算機というのは、完成しても、死んだもの。しかし、それにソフトウェアを注入すると、生命を得るのです。しかも、このソフトウェアはマシンからマシンへと移すことができる。これはまるである肉体から肉体へと魂が渡されるようなものです。
◾もっとも深いレベルで、数学的な創造性は、芸術的な創造性と非常に近いもの。情熱が必要。非合理的なもの。直感を使う。霊感が必要。まったく非合理的なもの。
ノーレットランダーシュがその著『ユーザーイリュージョン』で指摘しているように、意識化の非合理的な心は、帯域幅の狭い意識の理性の心よりも、はるかに強力な情報処理能力を有しており、その意味ではより知的だとさえいえる。
◾数学は発明されるのか発見されるのか。どちらの観点も妥当であり、同じ主題を異なった観点から説明している。
◾「神は量子および古典物理学においてサイコロを振るだけでなく、算術においてすら、純粋数学においてすらサイコロを振っているのです」
◾停止問題の解決不能性についてのチューリングの基本定理は、コンピュータープログラムが停止するかどうかを決定する機械的手続きは存在しないというもの。
◾私の主張は、停止問題は決定不能であるというチューリングの結果は、停止確率がランダムである、すなわち、既約な数学情報であるという私の結果に相当するということです。言い換えれば、2を底とする実数Ωの各ビットは、独立な数学事象なのです。そのビットが0か1かを知ることは既約数学事象であり、それ以上圧縮、簡約できないのです。
これを技術的に述べると、停止確率はアルゴリズム的にランダムだということになります。コンピュータープログラムによって、この二進数実数のNビットを得るためには、少なくともそのプログラムがNビット長なければならないのです。これは、技術的な表現です。より単純に述べると、特定のNについてオメガのN番目のビットが0または1であるという言明、各ビットがどっちかを知ることは、既約独立な数学事象、ランダムな数学事象であり、コイン投げと同じだということです。
◾独立な公正なコイン投げのような完全なランダム性を得るには、「無限個の解があるのか、有限個の解なのか」と問う必要があるのです。
解がないなら有限個の解。問題はどちらなのかを知ること。私の主張は、決してわからないということ。
言い換えれば、それぞれの個別の場合について解の個数(自然数解、非負整数解の個数)が有限か無限かは、これ以上簡約できない既約な算術の数学的事実なのです。
◾したがって、コンピューターとウェブとを創造することによって、人類は、その意識の水準を高めて、この物理世界から抽象的なイデアプラトンの世界へと部分的に移動しているのです。
◾おそらく、これら両方の観点が、世界は物質からできている、と、世界はイデアからできている、とがともに真実なのでしょう。
おそらく、私たちこそは、物質が精神を創ろうという試みなのでしょう。
◾無限についてだけ困ったことになる。時間制限がなければ、本当に困ったことになることをチューリングは示した。これが停止問題。プログラムが停止するかどうかを前もって決定する方法がないこと。停止するなら走らせるだけで忍耐強ければ止まるのが発見できるが、問題は、いつ、止まらないと諦められるか。チューリングは、ちょうどカントール対角線論法に対応する非常に単純な議論でもって、この停止問題が解決できないことを示した。
◾そこで、興味深いことは、チューリングが、プログラムが停止するかどうかを前もって計算によって演繹する方法がないことから、そこから派生する系として、推論を用いて前もって演繹する方法もないと演繹したことです。どのような形式公理系もプログラムが停止するかどうかを前もって演繹することができないのです。
◾停止するプログラムを得るための必要十分条件は、それが停止しないこと。
◾私はランダム性について考え始めた。それこそ実際に働いているもの、それがこの不完全性すべてのより深い理由かもしれないと考え始めた(アルゴリズム情報理論)。
アルゴリズム情報理論
コンピュータープログラムのサイズ。一つの計算量尺度、一種の計算量。
エントロピーとプログラムサイズ計算量とは密接に関連。
◾このプログラムサイズというアイデアは、哲学的には反響が大きい。ランダム性、すなわち最大エントロピーをまったく圧縮できないものと定義できる。それは、基本的に、記述するための唯一の方法が、「これだよ」というしかないという特性を持った対象。なぜなら、何の構造もパターンないから。
◾ランダム=圧縮不能
◾プログラムサイズ計算量は計算できない。

寝る脳は風邪をひかない

◾政治的信条は高次な理性に基づく信念だと思われがちだが、実は、脳の回路構造という生物学的基盤がある。
◾脳の若さを保つ物質が減ることによって脳が老化するのではなく、むしろ、脳機能を低下させる物質(CCL11という血液中の分子)が増えることによって老齢化が進む。
◾難しい問題で集中力を要求することで、集中力は活性化する。
◾あたかも食べたかのようにイメージするだけで、食べたいという欲求が減る。チョコレートやチーズを30個食べることをイメージすると、実際の摂食量がほぼ半分に減る。
◾科学的な正しさと社会的な正しさは異なる。
◾実社会では「科学的真実」は「社会的真実」にしばしば勝てない。真実よりも感情に重きを置く風潮は近年とくに強まり「ポスト真実」と呼ばれる。スティーブ·テシック「事実を尊重する態度は時代遅れだ」。
◽新聞記事で使用される単語。
1800年代は「信じる」「美しい」など感情や印象に関連した単語が頻繁に使われていた。
1900年代は「制御」「結果」「技術」など客観的な単語。
1980年代以降は感情的な単語が再び上昇。
2007年代以降は1800年代よりはるかに高いレベルに。
◾妊娠中に魚貝類を多く摂った母親から生まれた子のほうが言語知能指数が優れている(8歳の時点)。
◾「多様な集団が同質な集団よりも精度の高い決断をすることは滅多にない」
◾つまり人は、職場という舞台で人工知能の描いたシナリオ通りに演じるプロの役者となります。その魅惑的な演技力に観客(雇用者)は観劇料(給与)を支払います。
◾人が運転する車や歩行者はAIの効率を下げる邪魔な存在。
この無駄はちょうど、百年前の道路で車と馬が道路に共存するという過渡期で発生した社会ロスにも通じる。
20年後、乗馬好きが乗馬場に封じ込められたように、運転を趣味とする人は公道からサーキットへと追いやられているか。
◾「シンギュラリティ」AIが人の能力を凌駕すること。
ディープラーニングは画像認識の分野でとくに成功。教育なしで自発的に学習。現存のデータに偏りがあるため、社会の偏見はそのままAIにコピーされる。
◾「深層学習」膨大な情報をひたすらコンピューターに与えるだけで、とくに事前知識を授けなくても、動物や物体、それに人の表情や会話を自然と識別できる驚くべきアルゴリズム
「ディープQ回路」適切な行動や決断を行うことができるアルゴリズム(2015年2月)。取扱説明書を与えず、画面表示、コントローラーの用途を教えず、とにかく高スコアを出すようにとだけ指示してテレビゲームを延々とやらせる。すると自力で「何をすべきか」を学び取り、並みの人間を凌駕する成績を叩き出した。
アメリカの調査によると、所得や教育水準の高い人は、野菜や穀物、ナッツ、未加工の赤身肉など、いわゆる健康的な食材を好み、砂糖の摂取が少ない傾向が見られる。
◾健康的な食事はそれだけ多くの水や土地のエネルギーを要し、地球環境には優しくない。
◾レジ袋の有料化に環境保護効果はほぼ皆無であり、プラスチックゴミが減ることを期待しているというよりは、昨今のSDGsの流れを汲んだ精神論的な意味合いが強い。
量子コンピューターが実現した今、もっとも身近で影響があるのがパスワード。現在の暗号化の方式は「古典的なコンピューターでは現実的な時間内に解読できないこと」が前提。量子コンピューターであれば瞬時に解読できる。いま数学者たちは量子コンピューターでさえ計算困難な耐量子暗号の探索に躍起になっている。