ガダラの豚

◾「そんなにして人を呪う動機は何ですか」
「平等主義だよ」
「平等主義?」
「一種の、負の平等主義だね。牛を三頭しか持たない者は、十頭持っている者に対して平等になろうとする」
七頭呪い殺してしまうわけですね」
「つまりは“ねたみ”が考え方のベースにあるんだよ」
「みんな一見にこにこして明るい人たちなのにねえ」
「光と影でできているのさ、人間は」

◾「無用の記憶だ。だからおまえが編集したんだよ、ミズノ。ただ、記憶自体は編集されても、おまえの脳の図書館に保存されている。全世界の数十億人の人間が、同じような図書館を持っている。それがないと、現在という頁は読めないからな。たとえ誤読の集まりにしてもな」
「誤読?」
「人間というのは、虫だ。自分の小さな視野の中でシマウマをとらえ、認識する。ひとつひとつは誤認であり、誤読だよ。だから、数がいるのだ。一人一人は、所詮限界だらけの狂ったセンサーだ。我々は、狂った頭を振りたてて歩む蟻のようなものだ。集まれば、いくぶんか世界が見えてくる。おまえが操っている、テレビの走査線とおなじことだ」

◾「知りたいかね。教えてやろう。寄ってたかって、世界を認識するためさ。そうでないと、世界は無に帰してしまう。我々の一匹一匹がこの世を在らしめているのだ」
「よくわからない」
「わからない?それはとても正しいことだ。我々は、わからないように造られている。虫はただ虫の掟に従って進んでいけばいいのだ」

「多少は勝手かもしれん。所詮は私も一匹の虫に過ぎんからな。ものの見え方にも限度がある。ただ、私は掟の見える虫だ。掟は君らに死ねと言っている」

「なあに、たいしたことではない。人間の体から垢が出るだろう。あれだってもとは立派な生きた細胞だったのだ。死ぬには死ぬなりの理由があるのさ。ひとつひとつの細胞には、わけがわからんだろうがね。全体を律して生かしているものが私の言う掟だ。さあ、ミズノ。こっちへ来い。死をやろう」

◾「ろくなもんやないな、学者っちゅうもんは」
「はあ」
「眠っとる蛇の巣を突っついて、噛まれたっちゅうては騒いどる」
「はい」
「嫌いや」

◾「世の中広いからいろんな魔があるんじゃない。人のいる所には必ず魔が発生するんだよ。我々はそういう“歪み”を調べに行くんだ。今度行くところは······」